10月1日 聖日礼拝

ローマ人への手紙 1章 16、17節
「福音は救いを得させる神の力」
         大治福音自由教会 服部真光牧師

新しい方と福音を分かち合うチャンスがあることに喜びを感じます。
大治では10月22日に洗礼を受けるSさんが学びをしています。
信仰の土台を改めて確認することは大事です。
福音とは何か、骨組みを学んでいます。
分かったことを土台とすれば、選択することができます。
決断し、選び取ることができます。
信仰とは「信頼」。
聞き手に分かる言葉で語ることが大切です。

福音は私に救いを得るようにして下さった神の力です。
私のために払って下さった神の労苦。
それに気付いて、受け入れることです。

20年前、堀越先生が「めぐみの園幼稚園」で幼児教育を始められました。
先生が子どもたちに教える3つの言葉があるそうです。
「はい」
「ごめんなさい」
「ありがとう」
の3つです。
名前を呼んだ人の目を見て「はい」と返事をすること。
すなおに非を認めてあやまること。
人の親切に対して心から感謝すること。
この3つは、神との関係にも当てはまります。
神さまが私に語られる言葉を、「はい。聞きます」と受け取ること。
罪を悔い改めること。
労苦を払って下さった方に「ありがとう」と言うこと。
相手への信頼があるから言える言葉です。

「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」
1:16,17

パウロは「福音を恥とは思いません」と言いました。
なぜでしょうか?
この手紙はローマ人に向けて書かれました。
当時のローマ人の考え方は、
「自分の弱さを見せる者ではない」
「戦って勝って、英雄になることを目指せ」
というものでした。
「はい」「ごめんなさい」「ありがとう」は恥ずべき事という価値観です。
今でも「信仰を持つのは弱い人間がすることだ」という考え方が日本にもあります。

「神が私のために力を尽くして下さった」というのが聖書のメッセージです。
しかし、

「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」
ヨハネ1:9~11

聖書の言葉を通して、創造主の存在は明らかにされています。

「初めに、神が天と地を創造した。」創世記1:1

選択するためには情報が必要です。
神との交わりの断絶が起こり、関係が絶たれている状態が「罪」です。
罪の中にいる人間はどこに行けばよいのかわかりません。
神を信頼し、「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」と悔い改めるとき。私たちはもう一度上野と関係を回復することができます。
受け止めたなら、信じる全ての人に神のみ力が働きます。
全てのことがすぐに分かるわけではありません。
生涯神がしてくださった救いの恵みを追い求め、学び続けることが大切なのです。
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プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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