9月17日 敬老の日感謝礼拝

テモテへの手紙第一 5章1~2節
「年寄りを叱ってはいけません」
                       hi-b.a.スタッフ 丸山告師

「年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、
年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。」

誤解を招く恐れがあるので最後までちゃんと聞いて欲しいのですが、私は「敬老の日」があまり好きではありませんでした。
小学2年生の頃、父方の祖父が亡くなました。
父は4人兄弟の末っ子でした。
残されたおばあちゃんとだれが一緒に住むか、ということになりました。
父は4男でしたから、上に兄が3人います。
が、それぞれに仕事が忙しく…一番暇そうなのは牧師の父でした。
結局私たちの家族、父母と姉と弟と私の5人が祖母と同居することになりました。
一人増えただけですが、変わりました。
それまでは年に2回ぐらいしか会わなかったおばあちゃんと、毎日一緒に暮らすのです。
祖母は新潟出身で、自分を「オレ」と言います。
遺影を大切にし、テレビが大事な情報源でした。
そして、祖母はクリスチャンを受け入れることができませんでした。
父は不在がちだったので、母がよく文句を言われていました。
私にとっても、ある日突然耐え難い変化が起きました。
まず第一に、お米の堅さが変わりました。
当時私が米をとぐ仕事をしていました。
私は祖母に、米を炊くときの水を増やすように言われました。
それからはべちょっとしたご飯になりました。
次に、テレビチャンネルの決定権はおばあちゃんに移りました。
もう、私が好きなドキュメンタリーやアニメは見れません。
見るのは時代劇。
おがけで歴史に詳しくなりました。
今は「敬老の日」は移動祝日ですが、当時は9月15日に決まっていました。
9月15日はそれまでは「私の誕生日」でした。
同居するようになって、9月15日が近づくと、「そろそろ敬老の日だね」と祖母が言うのです。
毎年「お年寄り」を敬わなければならない日が、私には難しくなりました。

「年寄りを叱ってはいけません」とはどういう意味でしょうか。
私には分かりませんでした。
年寄りを叱る、という感覚が私にはありませんでした。
年寄りには叱られるものだ、と思っていました。
もし叱ってもゆるされるのなら、やってみようかと思ったほどです。

テモテへの手紙は先輩牧師であるパウロが、後輩であるテモテに宛てて個人的な手紙として書いたものです。
ですから、ここに書かれているのは、一般家庭でのことではなく、教会の中でのお年寄りのことです。
つまり、「お年寄りに厳しくしてはいけない」という意味です。

私が尊敬する加藤常昭先生が何と言っているか調べてみました。
「歳をとると肉体だけでなく、心も衰える。
 自分でコントロールすることができず、欲望に振り回されることになる。
 『勧める』とは、丁寧な言葉で気付かせること。
 『慰める』という意味も含まれている。
 丁寧に諭す、ということだ。」

と言われています。

私はTCUを卒業した後、世田谷の教会で働きました。
当時22歳で、青少年担当主事として着任しました。
中高生のスタッフが不足しているので、ということでした。
ところが任されたのは、平均85歳の聖書研究会をリードする働きでした。
そのグループの最高齢は92歳。
5,6人の集まりでした。
車で送迎し、65歳の若手の方の家庭に集まって勉強会をしました。
「なぜこんなことをしているのだろう?
中高生スタッフとして招かれたのではなかったのか?」
という思いはありましたが、月1回の会は学ぶことがたくさんありました。
毎月だいたい同じ話になりました。
「もう聞きました」と言いたいぐらい、文字おこしできるほど同じ話の繰り返しでした。
それは、各々のご主人の話。
そして、今まで生きてきた信仰の証です。
10年前の13歳の時に信仰を持ったことを懐かしんでいる当時の私。
85歳の方の証は50年前から始まります。
それも鮮明に覚えているのです。
そして、ご自分のことを「成長した」とは誰も言いません。
「私たちの知っていること何て、神さまの前に出たら大海の一滴にも満たないわ」
と、聞いたことのない格言が出てきます。
本当に思っていなければ言えない言葉です。
やがて、私はその会が楽しみになっていきました。
「おつですな」という感じです。
また、「全てのおばあちゃんがいい人というわけではない」ということもわかりかけてきました。

一緒に中高生を担当していた年輩の方がいます。
20人ぐらいが集まっていました。
私たちは意見がしょっちゅう対立しました。
3年ぐらい毎週戦っていました。
個人的な性格の一致不一致もあるでしょう。
尊敬したい人もいれば、そうでない人もいます。
ひたすら年輩の人を立てればよいと言うわけではりません。

聖書はバランスよく書かれています。
他の箇所を読んでみましょう。

「だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間で一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。」ルカ22:26

弟子たちの間で「だれが一番偉いか」ちおう議論になったときにイエスが答えた言葉です。
弟子たちはこの世の価値観を入れようとしました。
その時イエスははっきりこのように言われたのです。

この箇所は「教会」を教えてくれます。
教会は地上においてどんな場所なのか。
年齢、立場、背景を越えて、同じ神を仰ぎ集まる場所です。
パウロ自身の経験か。
彼が見聞きしたことか。
失敗談から来ているのかもしれません。
各々が権利を主張し合うのではなく、配慮し合い、仕え合うことが大切です。
老人を敬い、若者を励まし受け入れることが。

まとめましょう。
このままで終わると、誤解されたままで終わってしまいかねません。
キリスト教を否定し、分かろうとするつもりはない、一番大切なのはご先祖さま、と言っていた祖母がある日突然信じました。

東京のAという地域に住んでいた私たちが、神奈川に移ることになりました。
そして、一家で教会に一緒に住むことになりました。
最初はものすごい反発でした。
そこで父、姉、弟だけが先に移りました。
祖母と私と母の3人で残りました。
なかなか大変だと言うことは分かっていました。
それが、「移ってもいい」と言ってくれました。
父よりも年上の女性である、もう一人の牧師が説得しに来てくれたのです。
そして祖母は決断しました。
家族一同疑いました。
「信じられない」と。
信仰を受け入れるときに、祖母は感極まって「お母さん」としがみついてすすりないたそうです。
祖母の方が女性牧師よりもずっと年上なのに。
祖母には祖母なりにいろんな人生があったのでしょう。
東京大空襲に遭い、傷痍軍人の夫の面倒を生涯見てきた祖母。
母への愛情が乏しかったのかも知れません。
不思議と同じ礼拝堂で礼拝するようになりました。
祖母と私が1対1の時に、祖母はこういいました。
「お祈りするときに、心からアーメンと言えないとき、どうしたらいい?」
今でも覚えています。
孫の私に、先輩クリスチャンとして聞いてきました。
突然に変わっていました。
祖母は謙遜にされていました。
自分は祖母に対してそのようにできていただろうか。
後悔が残ります。

教会は地上においてどんな場所なのでしょうか。
年齢、立場、生い立ち、信仰、背景が違う人が一堂に会し、同じ神を崇めることができる場所です。
敬老の日は大事だな、好きだな、と言ってこのメッセージを閉じたいと思います。
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プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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