9月3日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 14章 Ⅰ~11節
「私が道、真理、いのちなのです」
            大治福音自由教会牧師 服部真光師

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」14:1

イエスが「あなたがた」と呼びかけられたのは、弟子たちです。
心を騒がしてはなりません、と言われたということは、心騒ぐ事情が日常の中にあるからです。
牧師であってもそうです。
むしろ、より多くの波風を経験します。
多くの人の悩みや困難を共有することで波をかぶるからです。
踏みとどまって、その方たちと一緒に乗り越えるのが牧師の役目だと思います。
「クリスチャンには悩みも苦しみも困難もない」とは、聖書は言っていません。
心騒ぐ状況を収めていく、ぐらつきを収めることができるのです。

昨日のニュースを見ていたら、「免震」「制震」の新しい技術について報道していました。
建物に揺れを伝えない構造で、わずかに建物を浮かせるそうです。
空気の力で。
縦揺れはバネを利用するそうです。
いずれは街全体をうかせようという計画があるとのことでした。
神を信じ、イエスを信じることは「免震」です。
心騒ぐことが起こったとしても、人生が大きく傾いたり苦しんだりすることから守られるように信仰が与えられているのです
身近な人の最期の時間を共有する機会は、家族を除いたら牧師ほど多い人はないでしょう。
クリスチャンは、死に直面しても、うろたえずにその時を迎えることができます。

「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現わされるように用意されている救いをいただくのです。
そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、
あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。
これは、信仰の結果である、{あなたがたの}たましいの救いを得ているからです。」
ペテロⅠ 1:5~9

最後の晩餐の席で、「裏切りをする者がいる」ということをイエスは知っていました。
イスカリオテユダはパンとブドウ液を受けたあとすぐに外に出て行きました。
十字架への道が具体的に転がり始めた瞬間です。
これが「神の栄光」だと聖書は言います。

「子どもたちよ。わたしはいましばらくの間、あなたがたといっしょにいます。あなたがたはわたしを捜すでしょう。そして、『わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない』とわたしがユダヤ人たちに言ったように、今はあなたがたにも言うのです。」ヨハネ13:33

「シモン・ペテロがイエスに言った。『主よ。どこにおいでになるのですか。』イエスは答えられた。『わたしが行く所に、あなたは今はついて来ることができません。しかし後にはついて来ます。』
ペテロはイエスに言った。『主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか。あなたのためにはいのちも捨てます。』」
ヨハネ13:36、37

ペテロは「いのちも捨てます」と言い切りました。
すごい信仰です。
ペテロは実直な人であり、弟子たちの中でもリーダーでした。
しかしこの直後に、有名な「鶏が2度鳴く前に3度イエスを否定する」という予告をされるのです。
ペテロには「わからない」「わかりたい」でも、わかるともっと大きな苦しみに襲われるのです。

イエスは「後にはついてきます」と言われます。
イエスの行くべき場所は「十字架のあがない」です。

「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。
わたしの行く道はあなたがたも知っています。」
14:2~4

それは救いの道を造るためです。
イエスは父の元に帰り、人々のために住まいを備えるために十字架の道に行かれました。

「トマスはイエスに言った。『主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。』」14:5

トマスは「わかりません」と言います。
イエスは「あなた方も知っています」と言っているのに。

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」14:6

神との交わりの回復へ、イエスは招いておられます。
真理とは何でしょうか。
神ご自身です。
真理が分からない、ということは神が分からないということです。
分からないから不安になります。
だから、神はイエスをこの世に遣わされたのです。

「ピリポはイエスに言った。『主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。』
イエスは彼に言われた。『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、「私たちに父を見せてください」と言うのですか。
わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。
わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。さもなければ、わざによって信じなさい。』」
14:8~11

これはピリポにだけ言われているのではありません。
「こんなに長い間あなたがたと・・・」と言っておられます。
イエスは、目に見えない神の真理を現すために来られました。
ペテロたち4人は漁師でした。
船も網も捨ててイエスに付いてきました。
イエスに出会って、人生は大きく変わりました。

イエスは、「あなたは私をだれだと言いますか?」と問われます。
「あなたこそ主キリストです」と答え、御心が天で行われるように地でも行われるように生きるのがクリスチャンの使命です。
神と、いのちのつながりがあれば、実を結ぶことができます。
ゆるがない平安を持って生きていけるのです。
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プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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