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8月27日 聖日礼拝

列王記第二 18章 1~8節
「彼は主に信頼していた」
      大治福音自由教会 服部真光師

ヒゼキヤ王の中心にあったものが5節に書かれています。

「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」18:5

王としての歩みは決して平たんではありませんでした。
彼が困難の中で内に秘めていたもの。
手放さず、握っていた信仰に目を留めていきたいと思います。

「イスラエルの王エラの子ホセアの第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。」18:1

イスラエルという国は、初代のサウル王からダビデ王へ、そしてソロモン王へと続きました。
そのあとにイスラエルは二つに分裂します。
北:イスラエル王国
南:ユダ王国
したがって、列王記、歴代誌はこのふたつの王国の歴史が併記されています。
二つの王国はかかわりがあるからです。

南湯田のヒゼキヤは25歳で王になりました。
その父アハズは、真の神に信頼して仕えるということに弱い王でした。

「アハズは二十歳で王となり、エルサレムで十六年間、王であった。彼はその父祖ダビデとは違って、彼の神、主の目にかなうことを行なわず、
イスラエルの王たちの道に歩み、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、忌みきらうべきならわしをまねて、自分の子どもに火の中をくぐらせることまでした。」
16:2,3

ヒゼキヤはこんな父を見て育ちましたが、彼自身は父祖ダビデに倣いました。
そして歴史に名を刻む、良い王となりました。

「彼はすべて父祖ダビデが行なったとおりに、主の目にかなうことを行なった。」18:3

彼は主の目にかなうことを行いました。
多くの人は自分の望むことを行います。
私たちはキリストの弟子です。
ですから、キリストが行ったように行います。
父が示したことを語り、父の御心を行ったのがイエスです。
そのように、私たちはキリストの望むことを行います。

「彼は高き所を取り除き、石の柱を打ちこわし、アシェラ像を切り倒し、モーセの作った青銅の蛇を打ち砕いた。そのころまでイスラエル人は、これに香をたいていたからである。これはネフシュタンと呼ばれていた。」18:4

ここにモーセが作った蛇の像が出てきます。
出エジプトの後、食べ物に困った民のために主はマナを降らせてくださいました。
ところが毎日毎日マナばかりで飽きてしまった民は不平を言います。
「エジプトにいたころはよかった」と。
主は怒って燃える蛇を送り、多くの人が噛まれて死にました。
民が助けを求めると、主は「青銅の蛇を造り旗竿にかけよ。それを仰ぎ見れば救われる」と言われました。
これはイエスの十字架を予兆するものですが、その蛇の像は記念として保管されていました。
「憐れみによって救い出された」しるしとして。
ネフシュタンというのは「青銅のもの」という意味です。
ところが人々はその像を偶像として崇拝するようになってしまいました。
ヒゼキヤはそれを破壊し、真の神に信頼することを呼びかけました。

「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」18:5

神への信仰は「信頼」です。
人格を信頼することです。
信じるだけで救われるなんて、簡単なこと・・・でしょうか?
こんなに難しいことはありません。
「よいことがあっても、悪いことがあっても、信頼が揺るがない」ということだからです。

「彼は主に堅くすがって離れることなく、主がモーセに命じられた命令を守った。」18:6

ヒゼキヤには「助けてほしい!」とそう叫ぶような困難がありました。
それでもモーセの律法を守り続け、保ったのです。
一時的に「感謝します」とは言えても、困難に遭うと捨ててしまう人も少なくありません。
主の御言葉を聞いて、生活の中で保ち続けることが大切です。

「主は彼とともにおられた。彼はどこへ出陣しても勝利を収めた。彼はアッシリヤの王に反逆し、彼に仕えなかった。」18:7

周辺の国々はアッシリアにひれ伏し、仕え、貢物を治めていたのに、彼は送り付けられてきた偶像を排除しました。

「ヒゼキヤ王の第四年、すなわち、イスラエルの王エラの子ホセアの第七年に、アッシリヤの王シャルマヌエセルがサマリヤに攻め上って、包囲し、
三年の後、これを攻め取った。つまり、ヒゼキヤの第六年、イスラエルの王ホセアの第九年に、サマリヤは攻め取られた。」
18:9,10

ヒゼキヤ王の4年目にサマリヤが攻め落とされました。
これによって、イスラエルの防波堤がなくなりました。
そして、エルサレム以外の町は城壁を壊されました。

ヒゼキヤと自分を重ねてみることが大切です。
彼は、「信頼して」いました。
それは、彼が生涯を貫いて持っていた姿勢です。

「ヒゼキヤは主の宮と王宮の宝物倉にある銀を全部渡した。」18:15

ヒゼキヤは宝物をアッシリアに渡しました。
屈辱です。

「ラブ・シャケは彼らに言った。『ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリヤの王がこう言っておられる。いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。
口先だけのことばが、戦略であり戦力だと思い込んでいるのか。今、おまえはだれに拠り頼んで私に反逆するのか。』」
17:20,21

敵の将軍の一人がこう語りかけます。
ヒゼキヤを脅しているのです。
ヒゼキヤは信仰を揺さぶられます。
しかし、預言者を通して励ましを受けました。
それでも圧迫は続き、脅しの文書が届きます。
ヒゼキヤは神殿に行き、主に訴えました。

主のしもべを励ます二つのものがあります。
①預言者=助け手
②主の前に持っていき訴えることができるということ
彼は自分の状況を主に訴えました。
大事なのは、神の前にひざまずいて、ありのままの現実をさらけ出して祈ることです。

ヒゼキヤの生涯において、前半は戦いの勝利を与え、後半は神が彼を助け守ってくださいました。
私たちの生活の中で、主がなさるその御業を見ていきましょう。
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Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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