8月13日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 14章6節
「真理は呼ばわる」
   クライストコミュニティチャーチ 北九州チャペル
三木健師

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」ヨハネ14:6

2年半前にもここでメッセージをしました。
きのうまでキャンプでした。
10年前にも中部に来たことがあるのですが、当時まだ若かった方が今回ベテランスタッフとして働いていることに感動しました。
私は大阪生まれの兵庫育ち。
武庫之荘で救われました。
服部先生と共に協議会の役員をしていました。

さて、毎年年末に話題になることがあります。
「新語・流行語大賞」です。
この賞は「自由国民社」という出版社が主催しているそうです。
昨年の大賞はなんだったか覚えていますか?
「神ってる」でした。
クリスチャンとしては微妙な言葉ですが。(笑)
広島カープの神がかり的な快進撃を言い表しています。
この「流行語大賞」はいつからやっているのでしょうか。
調べてみると、1984年が最初で、その時の大賞が「おしんドローム」。
当時NHKの朝ドラで放映されていた「おしん」が社会現象になったのです。
私はその頃浪人中で、それも二浪目。
さすがに親にこれ以上負担はかけられないと思って「宅浪」していました。
なので、朝は「おしん」を見るのが日課でした。
昼は「いいとも」を見てから、1時から5時まで勉強することにしていました。
「流行語大賞」のサイトにはリストがあります。

このように世相を表す言葉を選ぶのは日本だけではありません。
イギリスのオクスフォード大学出版局は、世界中を見渡して、毎年言葉を選んでいます。
では、2016年はなんだったのでしょうか。
それは、post truth。
日本語にすると「ポスト真実」。
ポストというのは、郵便ポストのことではありません。
「~の後の」という意味の言葉です。
たとえば「ポスト安倍」といえば、「安倍に続く次の人物」ということです。
つまり「真実の後」「真実以降」という意味になります。
実は、この言葉は新しい物ではなく、1990年代前半に生まれたものです。
昨年、この言葉が意味する世の中になってしまったことを表すふたつの大きな出来事がありました。
ひとつはイギリスのEU離脱を決める国民投票。
もうひとつはアメリカでのトランプ勝利。
イギリス国民の多くがEU離脱を選んだひとつの大きな理由は、「損得資産」を信じたことでした。
ところが、後になってその資産がまちがっていることが分かりました。
また、クリントンとの選挙戦で、クリントンが人身売買に関わっているといううわさが流れ、それが影響したことは間違いありません。
それはうわさにすぎなかったのですが。
これらの出来事は、「真実が大切にされない時代がやってきた」ことを示しています。
真理で人が動く時代ではない事への嘆きが、そこにあります。
かつて言われた「ポストモダン」は、「真理はひとつとは限らない」ということを示していました。
現代の「ポストトゥルース」は、「真理はどうでもいい」という意味です。

みんながそうなった、ということではないと思います。
人間には心理を求める心があることの裏返しなのではないかと思うのです。
求める心はあっても、求めにくい時代になってしまった。
いわば「ツンデレ」の時代なのかもしれません。
また、求めただけムダだと思わざるを得ない世の中になってきています。
「真実はある」ということを私たちは知っています。
真実がなくなったわけではありません。
ただ、真実がないがしろにされやすくなっているのです。
金正男氏の暗殺事件の結末はどうなりましたか?
本国による暗殺か。
本国による暗殺と見せかける謀略か。
闇の中です。
それでも必ず真実はあるはずです。
わからないだけで。

どんな人にとっても大切な真理があるのに、人はそれに対しても同じ態度をとります。
「真理の押しつけはやめてくれ」
「益をもたらさない真理はいらない」
そして、真理を主張する人は笑われます。
宗教の基盤こそ真理です。
現代は、真理に挑戦状を突きつける時代です。

イエスは、

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」14:6

と表明しました。
2,000年前に、父なる神に行き着くためには「私」しか道はないのだと。

「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。
そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。
」ヨハネ8:31,32

とも言われました。
イエスは堂々と言い放ちました。
本物か、気が狂っているのか。
詐欺師かペテン師か。
自分を「救世主」扱いする人物は歴史上にたくさんいます。
近年ではサリン事件を起こした教祖がいます。
人々は狂人に魅力や力を感じることもあるかもしれません。
イエスは「人間」でした。
「人間」が、「自分は真理、命、道である」と言うのを目の当たりにしたらどうでしょうか?
「何だこいつ?うさんくさい」
と思うのではないでしょうか。
こいつの嘘をあばこう、とするのではないでしょうか。
しかし、人々はイエスを信じるしかなくなっていきました。

昔の人々は無知だったのでしょうか。
今の知識は過去の人々の知恵の上に立っています。
この世界には今こそ真理が必要です。
人の生きる価値を、世界は求める叫び声を上げています。
ここに真理があります。
ここ以外にはありません。
時代に流されずに、イエスとみことばに希望を置いて、
「だが、真理はイエスにある」
と叫びたいのです。
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プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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