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3月5日 聖日礼拝

使徒の働き 2章 37~42節
「教会の働き」

キリストの体である教会は、どんな働きをゆだねられているのでしょうか?
教会はなにをする場所なのか、考えていきたいと思います。

「人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、『兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか』と言った。」2:37

ペテロの説教を聞いた人々が自らの過ちに気付き、どうしたら回復できるのか、改善できるのか、と自覚しました。
最も大切な働きは、
「今置かれている現状を正しく知る」
ように人々を促すことです。
今まで気付かなかったが、このままではいけない、と気付く。
解決するにはどうしたらよいのか、という内から出てくる問いと求めが大切です。
「求道心」
それは、人々が自分の中に欠けていること、足りないことを理解して、「どうしたらよくなれるのか」と飢え渇きを持つようになることです。
求めのない人は、自分の前にどんなにすばらしいものがあっても欲しいとは思いません。
戦前、戦中、戦後を経験した人は、飢え渇きを経験しています。
今はいつでも欲しいときに買って食べることができます。
いつも豊かさが満ちあふれています。
心の飢え渇きは、代用物でなかったことにして、直視せずに済ますことができます。
見ないようにフタをして、毎日を生きているのが今の時代ではないでしょうか。

「人々はこれを聞いて~」とありますが、「これ」とは、

「イスラエルの人たち。このことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行なわれました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。
あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。」
2:22,23

で始まるペテロの説教です。
そして、ペテロの答えは、

「そこでペテロは彼らに答えた。『悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。』」2:38

という、悔い改めの勧めでした。
人が持っている罪の現実に目が開かれ、そこから何とか脱出したいという飢え渇きを持ったとき、「悔い改め」が必要です。
それは、これまでのやり方を、方向を、変えることです。
神の用意された道に方向転換すること。

「この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』」マタイ4:17

これはイエスが最初に語られた言葉です。
では、なにからの悔い改めでしょうか。
「神を神としてあがめず、感謝もしない生き方」からの悔い改めです。
神を神としてあがめ、感謝を捧げる者になる。
それが、クリスチャンになるということです。
不平不満、つぶやきを捨てて、喜びと感謝の生活をすること。
神のひとり子が、私の罪のために十字架で命をささげてくださいました。
これを神がしてくださったこととして、受け入れること。
すなわち、信仰の告白です。
そのとき、神は約束の聖霊によって、私たちを神の子として、永遠の命を与えて下さいます。
これを自分のためのこととして受け止めること。
自分の罪を悟り、「どうしたらいいですか」という飢え渇きを持つ私たちに、「罪のあがないはすでに成された」と主は言われます。
私たちは、御子によって清められているという信仰を持って、神の国に仕えるものになっています。

「そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。」2:41

イエス・キリストから学ぶ弟子に加えられた者は、バプテスマを受けました。
救われたクリスチャンが取り組むべき働きは4つあります。

「そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。」2:42

①教えを堅く守る
②交わりをする
③パンを裂く
④祈りをする


①教えを堅く守る

「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
マタイ28:19,20

これはイエスの言葉です。
教えを聞くだけでなく、生活の中に教えが根付くように、keepするように指導すること。
聞いたことをすぐにできる人は天才です。
聞いても、頭では分かっても、生活の中で身につくようになるにはかなりの時間が掛かります。
スキージャンプの高梨でも、天候や体調や、解錠のコンディションによっては勝てないこともあるのです。
聖書の言葉を学んで教えても、その人の日常生活の中で維持されていくためには努力が必要です。
ペテロの教えを聞いた人々は、守ろうと努力していました。
御言葉通りに生きるようにサポートすること。
その通りに生きられるように励まし、共に取り組み、叱責し、促すこと。
それが教会のすべきことです。

私は神学校の卒論のテーマで「敵を愛する」を選びました。
「敵を愛しなさい」と言われたとき、3つの反応があります。
・「できっこない」
・「守るべきである。愛せないのはダメなことだ」…これは律法主義とも言います。
・「守れるか守れないかが大事なのではない」…イエスの言葉だから、心の留めておく。

不漁のまま戻ろうとしていたペテロたちに、イエスは「船の反対側に網を下ろすように」と言われました。
その時、ペテロたちは、
「お言葉ですから」と従いました。
自分の経験や価値観では無理だと思われても、主の言葉ならやってみよう、という心です。
「でも、やってみよう」と一歩踏み出さないと、自分の経験に合わない聖書の言葉を排除することになってしまいます。

②交わりをする

イエス・キリストを介しての交わりです。
年齢、生まれ、育ち、趣味の違いを超えて、ひとつの交わりを形成するのが教会です。
結ぶつけるのは、主キリストです。
それは、父と御子の交わりになぞらえられます。
教会はイエスへの信仰を通してつながる共同体です。
「仲良くしましょう」という交わりではありません。
私の内に働く、キリストの恵みと愛を分かち合うことです。

私にできることは限られています。
一人の牧師の一日の時間は皆さんと同じ24時間です。
その中で、どれだけのことができるでしょうか。
できることは限られています。
だから、交わりが必要なのです。
主が、その人のうちに働いてくださるように、ともに労してくれる兄弟姉妹が必要です。
証しをすること。
それは、神がイエスを通して私にどのように働き、慰め、力を与えてくださったかを語ることです。
そうして共有した課題をともに祈り合う交わりです。

③パンを裂く

喜びと真心を持って食事をする交わりです。
これはまた、聖餐式もあらわしています。
食事の交わりの中に、キリストがともにいてくださることを意識しましょう。
食卓を囲むとき、キリストもそこにいてくださいます。
見えざる客として、一つの共同体として。

④祈りをする

個人的な祈りも大切ですが、心を一つにして祈ることも大切です。

「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」マタイ18:20

必要を分かち合いながら、励まし合いながら、互いに祈り合いましょう。
私はある時から祈りを変えました。
それまでは
「病が癒されるように」
「困難が取り除かれるように」
という祈りをしていました。
しかし、病は癒されても、また病気になります。
困難は次々に起こってきます。
そう感じた時、
「負の部分を取り除いてください」という祈りから、
「立ち向かう知恵と力を。
 克服できるように信仰を守り、内なる人を強めてください」
と祈るようになりました。
牧師として、いろいろな現実を見てきたからです。

イエスはともにいて、必要に答えてくださいます。
教会としての使命を果たしていきましょう。
各々が、キリストに似た者になるように。
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Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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