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1月29日 聖日礼拝

イザヤ書 66章 18~24節
「主への贈り物」
                    柳橋神学生

今日の箇所はイザヤ書の最後です。
ここに書かれていることの中心テーマは「神の栄光」です。
神は全世界を造られたとき、人をも造り、主の栄光を表そうとされました。
しかし、すぐにアダムとエバは罪を犯し、全ての人が罪を負って生きることになりました。
そのために、人は神の栄光を表すことができなくなりました。

そこで神はイスラエルの民を選び、彼らを通してご栄光を表そうとされました。
ところが、彼らも主に従うことができずに、二つの王国、イスラエルとユダに分裂してしまいました。
イスラエルは神から離れてアッシリアに滅ぼされ、ユダも滅びました。
そんな状況で、主はイザヤを預言者としてお建てになり、御言葉を語らせました。
もう一度悔い改めて従うようになって、ユダの民が神の栄光を表すようにと、イザヤを通して忠告されたのです。
「悔い改めて立ち返れば幸せにする」と、変わらぬ愛が語られています。

「わたしは、彼らのわざと、思い計りとを知っている。わたしは、すべての国々と種族とを集めに来る。彼らは来て、わたしの栄光を見る。
わたしは彼らの中にしるしを置き、彼らのうちののがれた者たちを諸国に遣わす。すなわち、タルシシュ、プル、弓を引く者ルデ、トバル、ヤワン、遠い島々に。これらはわたしのうわさを聞いたこともなく、わたしの栄光を見たこともない。彼らはわたしの栄光を諸国の民に告げ知らせよう。」
66:18、19

ここには国々の名前が書かれています。
それらはイスラエルから離れた遠い国です。
「神」のうわさも聞いたことがないような国々。
そこまで神の栄光が伝わると言われています。

神は世界を言葉で造られました。
神のことばは必ず実現します。
この御言葉も成就しています。
この日本という場所、遠い島にまで伝わり、私たちは神の栄光を見ています。

「私個人がイエスの栄光をいつも見ているだろうか?」
と思わされました。
日々の忙しく、楽しいこともいろいろありますが、神のすばらしさがぼやけていないか?と。
主が見せて下さったイエスの栄光は、この世のどんなものよりも素晴らしいものです。
本当に神の栄光を、最も見上げなければならないと思いました。

「彼らは来て、わたしの栄光を見る。」66:18

イエス・キリストの栄光とはどのようなものでしょうか?

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。」
ヨハネ1:14,18

ひとり子だけが、神の栄光を見たのです。
そのひとり子が、罪によって神を見ることのできない人の為に、人となって来て下さいました。
そのイエスを通して、神の栄光を見ることができます。

「わたしは彼らの中にしるしを置き」66:19

しるし、とは、神のことばを「その通りだ」ということを示す証拠です。

「さて、群衆の数がふえてくると、イエスは話し始められた。『この時代は悪い時代です。しるしを求めているが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。』」ルカ11:29

ヨナのしるしとはどういうことでしょうか。
ヨナの時代、ニネベの町は堕落していました。
神は「悔い改めるなら滅ぼすのをやめる」という約束を、預言者ヨナを遣わして伝えさせました。
するとニネベの民はヨナの忠告を聞き入れて悔い改め、救われました。

イエスは、奇跡によって、ご自身が神の子であることを示されましたが、最大のしるしは十字架の死からよみがえられたことです。
そして、今も生きておられます。
やがて、悔い改めた者には救いを、そうでない者には裁きをするために戻ってこられます。
「復活」という奇跡につまずく者もいました。
が、信じて救われた人もいました。

「『彼らは、すべての国々から、あなたがたの同胞をみな、主への贈り物として、馬、車、かご、騾馬、らくだに乗せて、わたしの聖なる山、エルサレムに連れて来る』と主は仰せられる。『それはちょうど、イスラエル人がささげ物をきよい器に入れて主の宮に携えて来るのと同じである。
わたしは彼らの中からある者を選んで祭司とし、レビ人とする』と主は仰せられる。」
66:20,21

すべての国々から「主への贈り物」が連れてこられます。
私たちは、失われた世界に遣わされています。
世の人々を主の元へと、贈り物として捧げるために。
それは、私の心に残った御言葉、

「あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。」ルカ15:7

につながりました。
主は、神の栄光を見て、神の元に来る人々を求めておられます。
祭司は主の御前で仕え、主のすばらしさを宣べ伝える働きをする者です。
主への贈り物。
私たち自身が、キリストの栄光を見て、信じ、悔い改めて赦され、永遠の命を与えられています。
そのすばらしさと栄光を伝えていくという、何よりも十問い目的を与えられているのです。
そのことを、この御言葉から教えられたと思いました。

「『わたしの造る新しい天と新しい地が、わたしの前にいつまでも続くように、――主の御告げ――あなたがたの子孫と、あなたがたの名もいつまでも続く。
毎月の新月の祭りに、毎週の安息日に、すべての人が、わたしの前に礼拝に来る』と主は仰せられる。
『彼らは出て行って、わたしにそむいた者たちのしかばねを見る。そのうじは死なず、その火も消えず、それはすべての人に、忌みきらわれる。』」
66:22~24

神のご計画の最後を表す預言です。
主はとこしえに正義を固く立たせる方です。
この世界には様々な問題、犯罪、戦争が起きていて、なぜ野放しになっているのかと思うこともあります。
が、必ず主は義を持って世界を治められます。
新しい世が来るとき、永遠の祝福と救いと同時に、永遠の裁きと滅びがもたらされます。
イエスはやがて来られます。
新しい天と新しい地で、イエスはこのみわざをなされるのだということを覚えて、感謝しつつ、一人でも多くの人を「贈り物」としてイエスの元に届けられるように、共に歩んで行くように、私たちは召されています。
イエスはそのために全ての力を与えて下さいます。
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プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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