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9月17日 敬老の日感謝礼拝

テモテへの手紙第一 5章1~2節
「年寄りを叱ってはいけません」
                       hi-b.a.スタッフ 丸山告師

「年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、
年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。」

誤解を招く恐れがあるので最後までちゃんと聞いて欲しいのですが、私は「敬老の日」があまり好きではありませんでした。
小学2年生の頃、父方の祖父が亡くなました。
父は4人兄弟の末っ子でした。
残されたおばあちゃんとだれが一緒に住むか、ということになりました。
父は4男でしたから、上に兄が3人います。
が、それぞれに仕事が忙しく…一番暇そうなのは牧師の父でした。
結局私たちの家族、父母と姉と弟と私の5人が祖母と同居することになりました。
一人増えただけですが、変わりました。
それまでは年に2回ぐらいしか会わなかったおばあちゃんと、毎日一緒に暮らすのです。
祖母は新潟出身で、自分を「オレ」と言います。
遺影を大切にし、テレビが大事な情報源でした。
そして、祖母はクリスチャンを受け入れることができませんでした。
父は不在がちだったので、母がよく文句を言われていました。
私にとっても、ある日突然耐え難い変化が起きました。
まず第一に、お米の堅さが変わりました。
当時私が米をとぐ仕事をしていました。
私は祖母に、米を炊くときの水を増やすように言われました。
それからはべちょっとしたご飯になりました。
次に、テレビチャンネルの決定権はおばあちゃんに移りました。
もう、私が好きなドキュメンタリーやアニメは見れません。
見るのは時代劇。
おがけで歴史に詳しくなりました。
今は「敬老の日」は移動祝日ですが、当時は9月15日に決まっていました。
9月15日はそれまでは「私の誕生日」でした。
同居するようになって、9月15日が近づくと、「そろそろ敬老の日だね」と祖母が言うのです。
毎年「お年寄り」を敬わなければならない日が、私には難しくなりました。

「年寄りを叱ってはいけません」とはどういう意味でしょうか。
私には分かりませんでした。
年寄りを叱る、という感覚が私にはありませんでした。
年寄りには叱られるものだ、と思っていました。
もし叱ってもゆるされるのなら、やってみようかと思ったほどです。

テモテへの手紙は先輩牧師であるパウロが、後輩であるテモテに宛てて個人的な手紙として書いたものです。
ですから、ここに書かれているのは、一般家庭でのことではなく、教会の中でのお年寄りのことです。
つまり、「お年寄りに厳しくしてはいけない」という意味です。

私が尊敬する加藤常昭先生が何と言っているか調べてみました。
「歳をとると肉体だけでなく、心も衰える。
 自分でコントロールすることができず、欲望に振り回されることになる。
 『勧める』とは、丁寧な言葉で気付かせること。
 『慰める』という意味も含まれている。
 丁寧に諭す、ということだ。」

と言われています。

私はTCUを卒業した後、世田谷の教会で働きました。
当時22歳で、青少年担当主事として着任しました。
中高生のスタッフが不足しているので、ということでした。
ところが任されたのは、平均85歳の聖書研究会をリードする働きでした。
そのグループの最高齢は92歳。
5,6人の集まりでした。
車で送迎し、65歳の若手の方の家庭に集まって勉強会をしました。
「なぜこんなことをしているのだろう?
中高生スタッフとして招かれたのではなかったのか?」
という思いはありましたが、月1回の会は学ぶことがたくさんありました。
毎月だいたい同じ話になりました。
「もう聞きました」と言いたいぐらい、文字おこしできるほど同じ話の繰り返しでした。
それは、各々のご主人の話。
そして、今まで生きてきた信仰の証です。
10年前の13歳の時に信仰を持ったことを懐かしんでいる当時の私。
85歳の方の証は50年前から始まります。
それも鮮明に覚えているのです。
そして、ご自分のことを「成長した」とは誰も言いません。
「私たちの知っていること何て、神さまの前に出たら大海の一滴にも満たないわ」
と、聞いたことのない格言が出てきます。
本当に思っていなければ言えない言葉です。
やがて、私はその会が楽しみになっていきました。
「おつですな」という感じです。
また、「全てのおばあちゃんがいい人というわけではない」ということもわかりかけてきました。

一緒に中高生を担当していた年輩の方がいます。
20人ぐらいが集まっていました。
私たちは意見がしょっちゅう対立しました。
3年ぐらい毎週戦っていました。
個人的な性格の一致不一致もあるでしょう。
尊敬したい人もいれば、そうでない人もいます。
ひたすら年輩の人を立てればよいと言うわけではりません。

聖書はバランスよく書かれています。
他の箇所を読んでみましょう。

「だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間で一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。」ルカ22:26

弟子たちの間で「だれが一番偉いか」ちおう議論になったときにイエスが答えた言葉です。
弟子たちはこの世の価値観を入れようとしました。
その時イエスははっきりこのように言われたのです。

この箇所は「教会」を教えてくれます。
教会は地上においてどんな場所なのか。
年齢、立場、背景を越えて、同じ神を仰ぎ集まる場所です。
パウロ自身の経験か。
彼が見聞きしたことか。
失敗談から来ているのかもしれません。
各々が権利を主張し合うのではなく、配慮し合い、仕え合うことが大切です。
老人を敬い、若者を励まし受け入れることが。

まとめましょう。
このままで終わると、誤解されたままで終わってしまいかねません。
キリスト教を否定し、分かろうとするつもりはない、一番大切なのはご先祖さま、と言っていた祖母がある日突然信じました。

東京のAという地域に住んでいた私たちが、神奈川に移ることになりました。
そして、一家で教会に一緒に住むことになりました。
最初はものすごい反発でした。
そこで父、姉、弟だけが先に移りました。
祖母と私と母の3人で残りました。
なかなか大変だと言うことは分かっていました。
それが、「移ってもいい」と言ってくれました。
父よりも年上の女性である、もう一人の牧師が説得しに来てくれたのです。
そして祖母は決断しました。
家族一同疑いました。
「信じられない」と。
信仰を受け入れるときに、祖母は感極まって「お母さん」としがみついてすすりないたそうです。
祖母の方が女性牧師よりもずっと年上なのに。
祖母には祖母なりにいろんな人生があったのでしょう。
東京大空襲に遭い、傷痍軍人の夫の面倒を生涯見てきた祖母。
母への愛情が乏しかったのかも知れません。
不思議と同じ礼拝堂で礼拝するようになりました。
祖母と私が1対1の時に、祖母はこういいました。
「お祈りするときに、心からアーメンと言えないとき、どうしたらいい?」
今でも覚えています。
孫の私に、先輩クリスチャンとして聞いてきました。
突然に変わっていました。
祖母は謙遜にされていました。
自分は祖母に対してそのようにできていただろうか。
後悔が残ります。

教会は地上においてどんな場所なのでしょうか。
年齢、立場、生い立ち、信仰、背景が違う人が一堂に会し、同じ神を崇めることができる場所です。
敬老の日は大事だな、好きだな、と言ってこのメッセージを閉じたいと思います。
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9月10日 聖日礼拝

エペソ人への手紙 3章 14~21節
「神の愛で互いに愛し合いましょう」
            東海聖書神学塾塾長 後藤喜良師

みなさんは自己紹介をどのようにされますか?
中には「私はクリスチャンです」という人もいるでしょう。
私は昔はそう言えませんでした。
はじめの頃私は律法主義的なクリスチャンでした。
「クリスチャンは○○であるべきだ」と言う考えを持っていました。
自分はそれができていないから、言えなかったのです。
しばらくしてから、「自分が神の子とされている」こと、「イエスに似たものに変えられている」ことを知ってから変わりました。
私は「神の子どもです」と自己紹介すると良いと思います。
日本の場合そういうと「どの神ですか」ということになるので、証の機会にもなるでしょう。
「クリスチャンです」と言う方は、それぞれに「クリスチャンはこういう人だ」というイメージがあって、そう言おうとするのではないでしょうか。
そうすると、「私は十分クリスチャンになっていない」という気持ちになってしまいます。
そんな気持ちでいると、神の子であるという喜びを失ってしまいます。
いっそ「私はクリスチャンです」という言い方をやめてみてはどうでしょうか。
「クリスチャン」という呼び名はそもそも「自称」ではありません。
非クリスチャンが、いつも「キリスト、キリスト」と言っている人たちにつけたニックネームであって、自分から言った言葉ではないのです。
クリスチャン自身は自分たちのことをどう言っていたかというと、「神の子」「羊」「キリストの花嫁」と言っています。

クリスチャンを見ていると、引け目を感じながら生きていないか心配になります。
私たちは少しずつ神の子らしく成長しています。
神の子であると言うことは、「私はもう成長するしかない人間だ」という意味です。
子どもは成長します。
必ず毎日成長します。
私はよく「問題とかないんですか?いつも楽しそうだけど」と言われます。
きのう70歳になりました。
50年前に神の子にしていただいてから、どれほど愛されているか、毎日、毎週、毎月、少しずつ知り、人を愛することを実行できるようにして頂いています。
感謝しかありません。
堅い、きつい、暗い、3Kクリスチャンだった時を除くと、50年毎日毎日人を愛することを学び、成長させて頂いています。
神の子としては53歳です。
いっぺんでなるとは言いません。
少しずつ、毎週毎月毎年知っていくのです。
経験した度合いに応じて、人を愛せるように変えられていきます。
今日のタイトルを見て恐れを抱いた方もいるかもしれませんが、心配しないで下さい。
「神に習って成長していく歩みをしましょう」ということです。
神の愛を知っているか、経験しているか、身についているかを考えるのは大事ですが、「まだできない。難しい」と思っても、必ずイエスのようにして頂けるという希望があります。
希望に支えられながら、うめきながら生きています。

まず、神の愛をしることです。
経験で知るのです。
頭ではなくて。

「こういうわけで、私はひざをかがめて、
天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。」
3:14,15

パウロは膝をかがめて語っていました。
それまで立っていたが、立っていられなくなってひざまずきました。
なぜでしょうか。
これからのことhw、教えただけでは分かるわけがないことだからです。
教えただけでは実現しないから、祈るしかないのです。
パウロはなにを祈ったのでしょうか。

「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」3:16

エペソ人への手紙の3章では、教会が神の愛のモデルにならなければならないと述べています。
それは、悪魔や悪霊を笑い飛ばすことができる教会になるためです。
神の国に住むのは、神の愛を知って、互いを愛し合う住民です。
サタンは妨げようとしますが、主は神の国の完成のために働いておられます。
神は、自分中心の人を作り変えて、愛に満ちた世界を造ろうとされています。
私たちは神の愛で、愛し合っていかなければなりません。
作り変えられなくては罪に負けてしまいます。

神学校にいた頃、気の合わない人がいました。
顔も会わせたくないぐらいでした。
私は外に出てむしろを敷いて祈り、笑っておはようと言おうと決心します。
が、いざ出くわすと自動的に反対側を向いて離れた席に座ってしまいました。
体は自己中心な性質に動かされてきたので、コントロールされているのです。
神の子として、「新しい人」の道具として、体を用いなければなりません。
自己風疹名性質にコントロールされないように。
罪に死んで、全ては神のみこころを行うための道具として用い、身につけていかなければなりません。
自分の体を使って、行いによって、神と人を愛するためには、内なる人が強められなくてはなりません。

「こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、」
3:17.18

陣地を越えたキリストの愛を,経験で味わい、知ることができるようにと、パウロはひざまずいて祈っています。
聖霊によらなければ神の愛は分かりません。
聖霊によると「これは神の愛だった」とわかるようになります。

神の愛とはどういう愛かを語っている聖書の7つの箇所を読みましょう。

①マタイ5:45 全ての人への公平な愛

「それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。」

全ての人が、そこそこ幸せになれるように与えられている一般の恵みです。
神が全ての人を愛しておられるように、私たちも隣り人を愛するのです。
全ての人を愛する神の愛を、実践することが大事です。
教会は地域の人を愛する働きを大切にすべきです。
福祉の働き、地域の働き、仕事をすること、隣人愛、政治の働き。
それを利用して教会員を増やそうなどと言う下心を持たないで。

②ヨハネ3:16 神に逆らう人を愛する愛
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

主は、「世」すなわち、神に逆らう人間を愛するために、御子を与えられました。
私たちも喜んで犠牲を払うのです。

③ローマ5:6~11 みこころを行えない人への愛
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。
正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。
もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。
そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。」


私たちがまだ弱かったとき、つまりみこころを行えなかったときでも神は愛しておられました。
生まれつきの人はみこころを行えません。
「神は、みこころを行えない人は愛してくれない」なんていうことはありません。
「神なんかいない!」
「この世界は不公平だ!」
という譜敬虔な者、罪気と、的外れな人、敵対している人、そんな人を神は愛しています。
罪を犯しても愛して下さる、その愛で、私たちも人を愛するのです。

④ローマ12:9 純粋な愛

「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。

神の愛には「愛でないもの」はひとかけらも含まれていません。
完全にピュアな愛です。
一方的に、なにがあっても変わらず注ぎ続けて下さいます。
私たちの愛は不純で計算があります。
ここの原語は「分詞命令形」という形で、正確には「~し続けなさい」という意味です。
段々と不純なものを取り除かれていきます。
失望しないで、キリストに見習い続けていきましょう。

⑤Ⅰコリント13:4~8 赦して我慢する愛
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。」


有名な愛の賛歌です。
ここに書かれていることの8割はゆるして我慢する愛です。
神の愛は、ゆるして我慢する愛です。
ここの「愛」という言葉を自分の名前に置き換えてみましょう。
途中で言えなくなります。
寛容とは、「思わない。数えない」ということです。
主は、赦して、受け入れて、忍耐して、我慢して下さいます。
この愛は、知らないうちに身についているはずです。
親の愛に一番近い愛です。
これがないと、与えて育てていく愛が実行できません。

⑥エペソ1:3~6 御子イエスと同じ姿にして下さる愛
「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。
すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。」

主は、持っているものを全部与えて下さっています。
今や祝福の蔵は空っぽです。

ここまでが全ての人に与えられる愛です。
そして、今日の箇所です。

⑦エペソ3:18,19
「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」


自分の受けた愛を分かち合うこと。
それを携えて集まり、分かち合うことで神の愛を知る。
主が、自分に恵みを与えて下さったことを分かち合いましょう。
どんな罪人をも愛して下さることを。
マルチンルターは、自分の罪の深さと赦しの愛を告白しました。
問題を分かち合うのも良いですが、恵みや愛を分かち合いましょう。
問題からなにを学んだか、どんな恵みを味わったかを。
「人知を越えた愛」というからには、人間には分かるわけがないでしょうか。
ここで言っているのは、「世の人には分からないキリストの愛」です。
神を喜ぶことは、キリストを誇ることです。
それを経験でき、見習うことができるのです。

9月3日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 14章 Ⅰ~11節
「私が道、真理、いのちなのです」
            大治福音自由教会牧師 服部真光師

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」14:1

イエスが「あなたがた」と呼びかけられたのは、弟子たちです。
心を騒がしてはなりません、と言われたということは、心騒ぐ事情が日常の中にあるからです。
牧師であってもそうです。
むしろ、より多くの波風を経験します。
多くの人の悩みや困難を共有することで波をかぶるからです。
踏みとどまって、その方たちと一緒に乗り越えるのが牧師の役目だと思います。
「クリスチャンには悩みも苦しみも困難もない」とは、聖書は言っていません。
心騒ぐ状況を収めていく、ぐらつきを収めることができるのです。

昨日のニュースを見ていたら、「免震」「制震」の新しい技術について報道していました。
建物に揺れを伝えない構造で、わずかに建物を浮かせるそうです。
空気の力で。
縦揺れはバネを利用するそうです。
いずれは街全体をうかせようという計画があるとのことでした。
神を信じ、イエスを信じることは「免震」です。
心騒ぐことが起こったとしても、人生が大きく傾いたり苦しんだりすることから守られるように信仰が与えられているのです
身近な人の最期の時間を共有する機会は、家族を除いたら牧師ほど多い人はないでしょう。
クリスチャンは、死に直面しても、うろたえずにその時を迎えることができます。

「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現わされるように用意されている救いをいただくのです。
そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、
あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。
これは、信仰の結果である、{あなたがたの}たましいの救いを得ているからです。」
ペテロⅠ 1:5~9

最後の晩餐の席で、「裏切りをする者がいる」ということをイエスは知っていました。
イスカリオテユダはパンとブドウ液を受けたあとすぐに外に出て行きました。
十字架への道が具体的に転がり始めた瞬間です。
これが「神の栄光」だと聖書は言います。

「子どもたちよ。わたしはいましばらくの間、あなたがたといっしょにいます。あなたがたはわたしを捜すでしょう。そして、『わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない』とわたしがユダヤ人たちに言ったように、今はあなたがたにも言うのです。」ヨハネ13:33

「シモン・ペテロがイエスに言った。『主よ。どこにおいでになるのですか。』イエスは答えられた。『わたしが行く所に、あなたは今はついて来ることができません。しかし後にはついて来ます。』
ペテロはイエスに言った。『主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか。あなたのためにはいのちも捨てます。』」
ヨハネ13:36、37

ペテロは「いのちも捨てます」と言い切りました。
すごい信仰です。
ペテロは実直な人であり、弟子たちの中でもリーダーでした。
しかしこの直後に、有名な「鶏が2度鳴く前に3度イエスを否定する」という予告をされるのです。
ペテロには「わからない」「わかりたい」でも、わかるともっと大きな苦しみに襲われるのです。

イエスは「後にはついてきます」と言われます。
イエスの行くべき場所は「十字架のあがない」です。

「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。
わたしの行く道はあなたがたも知っています。」
14:2~4

それは救いの道を造るためです。
イエスは父の元に帰り、人々のために住まいを備えるために十字架の道に行かれました。

「トマスはイエスに言った。『主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。』」14:5

トマスは「わかりません」と言います。
イエスは「あなた方も知っています」と言っているのに。

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」14:6

神との交わりの回復へ、イエスは招いておられます。
真理とは何でしょうか。
神ご自身です。
真理が分からない、ということは神が分からないということです。
分からないから不安になります。
だから、神はイエスをこの世に遣わされたのです。

「ピリポはイエスに言った。『主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。』
イエスは彼に言われた。『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、「私たちに父を見せてください」と言うのですか。
わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。
わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。さもなければ、わざによって信じなさい。』」
14:8~11

これはピリポにだけ言われているのではありません。
「こんなに長い間あなたがたと・・・」と言っておられます。
イエスは、目に見えない神の真理を現すために来られました。
ペテロたち4人は漁師でした。
船も網も捨ててイエスに付いてきました。
イエスに出会って、人生は大きく変わりました。

イエスは、「あなたは私をだれだと言いますか?」と問われます。
「あなたこそ主キリストです」と答え、御心が天で行われるように地でも行われるように生きるのがクリスチャンの使命です。
神と、いのちのつながりがあれば、実を結ぶことができます。
ゆるがない平安を持って生きていけるのです。

8月27日 聖日礼拝

列王記第二 18章 1~8節
「彼は主に信頼していた」
      大治福音自由教会 服部真光師

ヒゼキヤ王の中心にあったものが5節に書かれています。

「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」18:5

王としての歩みは決して平たんではありませんでした。
彼が困難の中で内に秘めていたもの。
手放さず、握っていた信仰に目を留めていきたいと思います。

「イスラエルの王エラの子ホセアの第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。」18:1

イスラエルという国は、初代のサウル王からダビデ王へ、そしてソロモン王へと続きました。
そのあとにイスラエルは二つに分裂します。
北:イスラエル王国
南:ユダ王国
したがって、列王記、歴代誌はこのふたつの王国の歴史が併記されています。
二つの王国はかかわりがあるからです。

南湯田のヒゼキヤは25歳で王になりました。
その父アハズは、真の神に信頼して仕えるということに弱い王でした。

「アハズは二十歳で王となり、エルサレムで十六年間、王であった。彼はその父祖ダビデとは違って、彼の神、主の目にかなうことを行なわず、
イスラエルの王たちの道に歩み、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、忌みきらうべきならわしをまねて、自分の子どもに火の中をくぐらせることまでした。」
16:2,3

ヒゼキヤはこんな父を見て育ちましたが、彼自身は父祖ダビデに倣いました。
そして歴史に名を刻む、良い王となりました。

「彼はすべて父祖ダビデが行なったとおりに、主の目にかなうことを行なった。」18:3

彼は主の目にかなうことを行いました。
多くの人は自分の望むことを行います。
私たちはキリストの弟子です。
ですから、キリストが行ったように行います。
父が示したことを語り、父の御心を行ったのがイエスです。
そのように、私たちはキリストの望むことを行います。

「彼は高き所を取り除き、石の柱を打ちこわし、アシェラ像を切り倒し、モーセの作った青銅の蛇を打ち砕いた。そのころまでイスラエル人は、これに香をたいていたからである。これはネフシュタンと呼ばれていた。」18:4

ここにモーセが作った蛇の像が出てきます。
出エジプトの後、食べ物に困った民のために主はマナを降らせてくださいました。
ところが毎日毎日マナばかりで飽きてしまった民は不平を言います。
「エジプトにいたころはよかった」と。
主は怒って燃える蛇を送り、多くの人が噛まれて死にました。
民が助けを求めると、主は「青銅の蛇を造り旗竿にかけよ。それを仰ぎ見れば救われる」と言われました。
これはイエスの十字架を予兆するものですが、その蛇の像は記念として保管されていました。
「憐れみによって救い出された」しるしとして。
ネフシュタンというのは「青銅のもの」という意味です。
ところが人々はその像を偶像として崇拝するようになってしまいました。
ヒゼキヤはそれを破壊し、真の神に信頼することを呼びかけました。

「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」18:5

神への信仰は「信頼」です。
人格を信頼することです。
信じるだけで救われるなんて、簡単なこと・・・でしょうか?
こんなに難しいことはありません。
「よいことがあっても、悪いことがあっても、信頼が揺るがない」ということだからです。

「彼は主に堅くすがって離れることなく、主がモーセに命じられた命令を守った。」18:6

ヒゼキヤには「助けてほしい!」とそう叫ぶような困難がありました。
それでもモーセの律法を守り続け、保ったのです。
一時的に「感謝します」とは言えても、困難に遭うと捨ててしまう人も少なくありません。
主の御言葉を聞いて、生活の中で保ち続けることが大切です。

「主は彼とともにおられた。彼はどこへ出陣しても勝利を収めた。彼はアッシリヤの王に反逆し、彼に仕えなかった。」18:7

周辺の国々はアッシリアにひれ伏し、仕え、貢物を治めていたのに、彼は送り付けられてきた偶像を排除しました。

「ヒゼキヤ王の第四年、すなわち、イスラエルの王エラの子ホセアの第七年に、アッシリヤの王シャルマヌエセルがサマリヤに攻め上って、包囲し、
三年の後、これを攻め取った。つまり、ヒゼキヤの第六年、イスラエルの王ホセアの第九年に、サマリヤは攻め取られた。」
18:9,10

ヒゼキヤ王の4年目にサマリヤが攻め落とされました。
これによって、イスラエルの防波堤がなくなりました。
そして、エルサレム以外の町は城壁を壊されました。

ヒゼキヤと自分を重ねてみることが大切です。
彼は、「信頼して」いました。
それは、彼が生涯を貫いて持っていた姿勢です。

「ヒゼキヤは主の宮と王宮の宝物倉にある銀を全部渡した。」18:15

ヒゼキヤは宝物をアッシリアに渡しました。
屈辱です。

「ラブ・シャケは彼らに言った。『ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリヤの王がこう言っておられる。いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。
口先だけのことばが、戦略であり戦力だと思い込んでいるのか。今、おまえはだれに拠り頼んで私に反逆するのか。』」
17:20,21

敵の将軍の一人がこう語りかけます。
ヒゼキヤを脅しているのです。
ヒゼキヤは信仰を揺さぶられます。
しかし、預言者を通して励ましを受けました。
それでも圧迫は続き、脅しの文書が届きます。
ヒゼキヤは神殿に行き、主に訴えました。

主のしもべを励ます二つのものがあります。
①預言者=助け手
②主の前に持っていき訴えることができるということ
彼は自分の状況を主に訴えました。
大事なのは、神の前にひざまずいて、ありのままの現実をさらけ出して祈ることです。

ヒゼキヤの生涯において、前半は戦いの勝利を与え、後半は神が彼を助け守ってくださいました。
私たちの生活の中で、主がなさるその御業を見ていきましょう。
プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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