海辺へデート♪<4>

一日間が空きましたが、旅行記の続きです。

名古屋に着くと、まずはMUJFJ信託銀行へ。
「孫よろこぶ」の引き出し手続きをするためです。
ところが、グーグル地図にも載ってて、前に行った「大東海ビル」はからっぽ。
移転先も書いてない。
「最近改装した大名古屋ビルヂングかなぁ?」
と、行ってみると「MUFJ銀行」はあるけど、信託銀行は見あたらない。
系列なんだから、聞いてみようってことで、銀行に入っていきました。

挙動不審な私たちに、男性行員が話しかけてきました。
「どうされました?」
「あの、信託銀行を…」
「やはりそうですか。
 あちらから入ってエレベーターで4Fへ上がって左斜め前です。」
やはりってことは、ちょくちょくこういうことがあるってことですね。

言われたとおりにエレベーターに乗り込みます。
4Fのボタンを遅うとしたら、なんと、そもそもこのエレベーター4Fしか行かない!
ていうか、それ以外の階は準備中。
4Fも「金融店舗」とだけしか書いてない!
こりゃわからんわ。

多額のお金を引き出すので、
「何にご利用ですか?」
と問いただされました。
いわゆる「オレオレ詐欺」を警戒してのことでしょうね。
突然そういわれると、心の準備ができてない私はしどろもどろでw
「あの、孫よろこぶのお金で」
「はい」
「えーと、教育資金に…」
「学費としてお支払いされるわけですね?」
「というか、普通預金に。
 ええと、信託銀行じゃなくて、普通のMUFJの銀行に入れ直すというか。」
「そこから引き落としされるということですね。」
「あの、もう払ってあるというか、立て替えて。
 その分を埋め合わせるというか。」
「当行からMUFJ銀行でしたら、手数料なしで直接送金できますよ?」
「え?そうなんですか?どういう手続きをすれば…」
「今、この場では、手数ふょうが架かってしまいます。
 払い出しのお手続きの時に、領収書と一緒にこの書類に記入していただきますと、直接そちらの口座に振り込まれます。」
「そうなんですか!」
「次回そうなさるといいと思います。」

領収書関係は一手にダンナにまかせているので、どういうことか今ひとつぴんと来なかったのですが、あとでダンナに話すと、
「最初の年はそれ、ダメだったはずだよ。
 今年なんか様式が変わった気がしてたけど、それだったのか。
 次はそうしよう。」
大金を手にした私たち、早速おとなりのMUFJ銀行のATMで普通預金に入れてきました。
やれやれ。

やっかいな手続きも終わって、せっかく名駅に来たんだから、締めくくりはあそこでしょう!
ナナちゃん人形の前です♪

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知多 風香るBAR
9月30日までの期間限定のバーです。

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メニューはこんな感じ。
「酒肴3品盛り」が気になります。
お酒だけじゃなくてソフトドリンクもあるんですよ。
でも、よく見ると。

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はい。
CLOSED。
平日は15:00からの営業です。
またそのうちに来る機会もあるでしょう。
楽しみは取っておきます^^

今回の旅は「知多」に始まり「知多」に終わる、充実した1日でした。
近場でもまだまだ見所はありますね。
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2月21日 聖日礼拝

エペソ人への手紙 3章 7節
「神の恵みによって」
                石巻福音自由教会伝道師 高橋勝義師

「私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。」エペソ3:7

この1月9日に、西教会に来ました。
そのときに服部牧師から宿題を出されました。
「石巻教会の宣教のビジョンについて考えてください。
宣教ビジョンを祈ると、何が必要か分かります。
何が必要か分かれば、それを熱心に祈るようになります。」
と言われました。
そのころデボーションで、イザヤ8:8のみことばが与えられました。

「ユダに流れ込み、押し流して進み、首にまで達する。インマヌエル。その広げた翼はあなたの国の幅いっぱいに広がる。」

主が、翼を広げていてくださると教えられました。
心の中に葛藤がある人々に、本物の安らぎ、平安、励まし、愛を伝えられるのは、「インマヌエル」しかない、と。
それを味わえる教会でありたいと思いました。

かつて、100坪の土地を借りて、東大宮教会が建てられました。
そこを足がかりに、東北に伝道していこうという思いがこもっていました。
それが信仰のルーツになっています。
昨年は古川教会が20周年を迎えました。
古川教会は1995年に開拓が始められました。
私は「もしみこころならば、主の働きがしたい」と祈っていました。
しかし、何の答えもありませんでした。
石巻教会の建設が始まり、その様子を見に行きました。
その道すがら、吉田先生に町の中を案内されている打ちに、「石巻に行くように」と言われている気がしました。

私は昨年3月で仕事をやめていました。
そして、職業訓練校で左官科に入ることができました。
就職先は決まらず、ハローワークに紹介されて、ある会社に電話をしました。
それが10月24日です。
その会社に行くのが神のみこころかどうか、求めていましたが、なかなか心に入ってきませんでした。
前日に読んだ聖書の箇所は詩篇でした。

「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。
私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」
詩篇139:23,24

そして、与えられたみことばがこれです。

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」ペテロⅠ5:7

私は思い煩うことは悪いことだと思っていましたが、ダビデの祈りを読んで安心しました。
祈っていると、吉田先生から電話がありました。
「石巻の働きについて、可能性があるかどうか、考えて下さいますか?」
という内容でした。
そのときに与えられたみことばは

「あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。」イザヤ30:21

でした。
私は再チャレンジだと感じました。
ハローワークに紹介された会社に電話したとき、私に動揺があったのでしょうか。
会社からは断りの電話がきました。

「神の賜物と召命とは変わることがありません。」ローマ11:29

私は自分の信仰のなさを痛感させられ、神のみこころは変わらないと言うことが分かりました。
家内にはすでに石巻への思いと、みことばまでも与えられていると言うことを知りました。

10月28日。
左官科の終了式がありました。
その場で仕事の紹介がありました。
私がずっとしたいと思っていた仕事でした。
ほんの一瞬ためらいました。
でも、丁寧にお断りしながら、
「もう後戻りはできない」
と自分に言い聞かせました。

時間が経つにつれて、恐れと不安で一杯になりました。
主の為の働きがしたいと祈り求めているのに、いざとなると足がすくんでしまう。
イサクをささげようとしたアブラハムに「主の山に備えあり」と言わしめた主を、頭では分かっても、最後の決断ができませんでした。
ちょうどそのころデボーションでの通読箇所が詩篇か箴言に移りました。
内心、「箴言からビジョンを与えられることはないだろう」と思っていました。
11月3日。

「わたしの叱責に心を留めるなら、今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ、あなたがたにわたしのことばを知らせよう。
わたしが呼んだのに、あなたがたは拒んだ。わたしは手を伸べたが、顧みる者はない。」
箴言1:23,24

従わないものは拒むものであり、背信するものだ、というみことばに、私はぞっとしました。

「しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。」箴言1:33

私は、信頼して歩む決断の祈りをしました。

「私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。」エペソ3:7

「神の力」という言葉は「奇跡」とも訳すことができます。
分岐点に、神の憐れみによって導かれて、今私をこの場にいさせて下さっています。
兄弟姉妹の陰の祈りによって、私はこの場にいます。

「ラブ・シャケは彼らに言った。『ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリヤの王がこう言っておられる。いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。』」列王Ⅱ 18:19

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」ローマ8:28

本当にそう信じているのか?

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」伝道者3:11

生活のただ中で、これらのみことばが真実だということを味わっているかどうか。
みことばの約束を信じる信仰が求められているのに、自分の経験や判断で行動していないだろうか。
その行動が、神の奇跡や恵みを見えなくしてはいないか。
小さいことの積み重ねが信仰へとつながります。
「本当に知っている」と告白できる経験をしたからです。
神のご計画に従って召されているからです。
愛されているからです。
あふれる恵みがあるのです。
そう考えると、毎日ウキウキしないでしょうか?
見えなくても、神の奇跡の働きと恵みが注がれ続けているのです。
そのことに気付かすにすごすより、見える方がずっといいではないでしょうか?
すれは、神に生かされていることがわかるからです。
「生かされている」と感じると、神のご計画が見えてきます。
この先どんなことが起こるか楽しみにしています。
信仰の目が開かれるように、祈り求めていきましょう。

海辺へデート♪<3>

次に向かったのが、まるは食堂。
知多半島の先端、豊浜にある料理旅館です。
豊浜は「鯛祭り」で有名。
大きな張りぼての鯛を作るんですよね。

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12時前に着いたので、ぎりぎり待たずに窓際の席に座れました。

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2,700円(税込み)のランチ1人前に、カワハギのお造り+ライス&味噌汁という組み合わせで注文しました。
ランチは大きな海老フライに、鯛と海老の塩焼きがメイン。
カワハギのお刺身は肝も付いていて、こりこりとした歯ごたえ。
とても美味しく頂きました^^

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波打ち際は海苔の養殖場なのか、びっしりと緑色の海苔が岩に付いていました。

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食後は豊浜のさかな市場へ。
金目鯛のひものと、穴子の干物を買いました。

帰りは知多半島道路から名古屋高速で、名駅前へ。
最後の目的地です♪

海辺へデート♪<2>

名残惜しみつつサングレイン知多蒸留所を後にした私たち。
次の目的地は半田です。

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ここは「半田赤レンガ建物」。
まあ、そのまんまなネーミングですが。

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明治時代に作られた建物で、「カブトビール」の工場だったそうです。
室内の温度を保つため、壁は5層になっています。

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中の通路はこんな感じ。

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そして、天上は、アーチになっています。
このアーチの上にもアーチ構造が何層にもなっているんだそうです。

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南の方の建物。
中は売店になっています。

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その北側にある建物。

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最初の写真に写した壁を別角度から。

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壁の上方に、戦争中に被弾した後が残っています。

内部にはこの建物の歴史を展示した常設店があります。
そこは入場料が必要。
なかなか見応えのある展示でした。(撮影禁止)

一時は取り壊される計画だったのを半田市が買い取って、耐震補強をして、つい最近公開されたばかりでした。
明治時代のビール…というと五代様を思い浮かべてしまう私でしたw
売店には復刻されたカブトビールも売っています。

次に向かうのはランチです♪

海辺へデート♪

昨日はお休みを取って、ダンナさまとデートしてきました。
今回は県内をドライブ。

港近くの工業地帯に向かって行き、
「この辺で曲がるのかな?」
と不安になる頃、看板が!

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そう。
サントリーウィスキー知多の蒸留所です^^

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ちょっと行くと、また看板。
正式名称は「サングレイン知多蒸留所」のようです。

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看板の矢印が差している方を見ると、もう見つかりました\(^o^)/
「受付100m先」
と書いてありますねえ。
行ってみますか。

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この奥に…

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おお、ここが受け付けらしい。
ふと右を見ると、「地図」がありました。

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結構細長くて広いですね。

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受付の建物の左手にはこんな物体。

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振り向いて、門の近くには木が植えられています。
工場ができてからの年数と同じ樹齢のオリーブの木と、左側の木は、樽の材料になるというミズナラだそうです。

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さて、気になる受付。
ひとけがありません。
ええい、ままよ!
入ってしまえ!
おばさんはずうずうしいのだw

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残念ながら佐藤さんのお姿はありませんでした(--)
カウンターには、
「工場見学は行っていません」
という内容の掲示がありました。

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カウンターの右側にはこんな樽が。

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カウンター左側には、ウィスキーが棚に陳列されています。
と、このあたりで、掃除婦さんが登場。
「見学はできないんですね~」
などと、少し言葉を交わしましたが、特にとがめられることもなかったので別にいい・・・ん・・・だよね?

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左手にはもう一部屋あって、工場の模型のようなものが置いてありました。
何かのイベントの時にはここが試飲会場になるような予感。

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では、もう一度敷地外へ出て、外から工場見学です。

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なんだかほんとうに、お酒を造っているとは思われないような、化学プラントみたいな施設ですね。
この日は海からの風が冷たくて、しかも強くて、長くは外にいられない感じでした。
でも、佐藤さんゆかりの「知多」。
案外じっくり見られて満足でした。

まだ旅は続きますよ~^^

2月14日 聖日礼拝

ルカの福音書 8章26~39節
「正気に返って」

聖書を読んでいくとき、自分とかかわりないお話として読んではいけません。
今を生きる私たちに、主は語っておられます。
自分とのつながりを意識して読む必要があります。
なぜ主がその行動をし、話されたのかを考えていきたいと思います。
「なぜ?」を考えずについていくだけでは「金魚のフン」と同じです。
自らの意思を持って、キリストと共に歩むのです。
なぜ、どんな意味があって?と問いかけながら、イエスを理解しようとすることが大切です。
自分の生涯のテーマでもあるのですが、「なぜ主は12弟子をお選びになったのか」ということを考えていきましょう。
彼らには共通する特徴がありました。
「わからない」ことを「わからない」と聞くことができたということです。
素直に、その意義を知りたいと祈り求める心が私たちにあるでしょうか?
わからなくても仕方ない、と自分で決めてしまっていないでしょうか?
13番目の弟子の気持ちで聖書の舞台に入り込むことによって、つい読み飛ばしてしまうところで心にひっかかりが起こり、新しいチャレンジを受けることができます。

そこはゲラサ人の地でした。
だれがここに行こうと言い出したのでしょうか?

「そのころのある日のこと、イエスは弟子たちといっしょに舟に乗り、「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう」と言われた。それで弟子たちは舟を出した。」8:22

イエスが言われたのです。
ところが、最終的にイエスは、去ってほしいと願われて引き返しました。

「ゲラサ地方の民衆はみな、すっかりおびえてしまい、イエスに自分たちのところから離れていただきたいと願った。そこで、イエスは舟に乗って帰られた。」8:37

イエスは何が目的でゲラサ地方に行かれたのでしょうか?
明確な理由がありました。
それは、悪霊につかれた一人の人を救うためでした。
そのために、嵐の中を、湖を超えていかれました。
弟子にしてみれば命がけで、これだけのためにいかれたのです。

主イエスはいつも一人の人の救いに心を留めておられます。
イエスは、求めている人のところには、どこにでも行こうとされます。
そこには明確な意思があります。
「もっと成果の上がる、効果的な方法があるだろうに」
「もっと人が集まるエルサレムに行けばいいのに」という人もいました。
イエスは、罪に悩み苦しむ人を救うために、行かれました。
ザアカイ一人を救うために、イエスは行かれました。
その人を通してみわざが始まっていくからです。
このゲラサ人は、イエスに同行したいと願いましたが、イエスは彼を帰らせました。

「そのとき、悪霊を追い出された人が、お供をしたいとしきりに願ったが、イエスはこう言って彼を帰された。
『家に帰って、神があなたにどんなに大きなことをしてくださったかを、話して聞かせなさい。』そこで彼は出て行って、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、町中に言い広めた。」
8:38,39

彼は、生まれ故郷で大きな証をし、土台を作りました。
イエスは、あえて彼を故郷におらせました。
この一人のために、嵐を超えて行ったのです。
イエスのこのような視点を忘れてはいけません。

さて、話を最初にもどしましょう。
「悪霊に憑かれた人」がイエスに出会いました。
彼の様子は
・着物をつけず
・家に住まず
・墓場に住んでいた

というものでした。
他の人との交わり、かかわり、社会生活ができなくなっていました。
墓場にはめったに人が来なかったでしょう。
人間社会から孤立していました。
社会の中で「死んで」いたのです。
人とのつながりから喜びや感動や痛みを感じることなく、墓場で生きてきたのです。

今日も、社会との交わりを断って、こもってしまうことがあります。
文明国、日本にもあります。
「悪霊に憑かれている」という言い方はしないでしょうが、同じような状況にある人が存在します。
彼を救うために来たイエスに対して、

「彼はイエスを見ると、叫び声をあげ、御前にひれ伏して大声で言った。『いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのです。お願いです。どうか私を苦しめないでください。』」8:28

と叫びました。
苦しめないで、放っておいてほしいといったのです。

「イエスが、『何という名か』とお尋ねになると、『レギオンです』と答えた。悪霊が大ぜい彼に入っていたからである。」8:30

「レギオン」とは、ローマ帝国の軍隊という意味です。
約6,000人の軍隊です。

今私たちは情報化社会に生きていて、ここにいても世界中のニュースが入ってきます。
見聞きする中で情報によって支配されてしまうことがあります。
「プロパガンダ」という言葉があります。
情報によって人々を操作することです。
情報が人のものの見方を左右するのです。
現代人は、本当に必要なものが何か、本当の願いが何か、情報が多いゆえにわからなくなっています。
CMによる刷り込みを考えてみるとわかるでしょう。
ある番組で電通の社長に「広告」の定義を聞いていました。
「本当は必要でないものを、あたかもそれがないと困るかのように思わせること」というのが答えでした。

マルタはイエスと弟子たちをもてなそうとしていましたが、妹のマリヤはイエスの足元に座り込んで話を聞いていました。
マルタはイエスに不満を言いました。
それに対してイエスは「なくてはならないものは多くない。本当に必要なものはひとつだ」と言われました。
マルタは本当に必要なもの、本当の願いが見えなくなっていました。
私たちはどうでしょうか?

レギオンが入り込んでいたため、本人の思いは消し去られていました。
彼の本当の思いは「あわれんでください!助けてください!」でした。
ところが彼は心にもないことを叫んでいます。
自分の発言で誤解を与えています。
私たちも、本当に必要なことと、本当の願いが、かき消されていないでしょうか?

悪霊に憑かれた男は正気に返りました。

「人々が、この出来事を見に来て、イエスのそばに来たところ、イエスの足もとに、悪霊の去った男が着物を着て、正気に返って、すわっていた。人々は恐ろしくなった。」8:35

着物を着て、正気に返って、座っていました。
社会生活を取り戻したのです。
救いの中心は、イエスの足元に座ることです。
正気、とは、悔い改めて神の前に立つことです。
何を選び、何を優先し、何を行うべきか、焦点が定まることです。
情報や人の期待を気にするあまり、イエスの足元に座ってイエスの望まれる道筋がわからなくなりやすいものです。
自分で選ぶのではなく、選ばされてしまっている。
つい見慣れたものを買ってしまう。
流行に流されてはいけません。
流行は毎年変わります。
同じだと売れないからです。
流行に合わせるのが悪いわけではありませんが、自分を見失わないようにしたいものです。「

観梅

昨年の今頃。
「入試が終わったら一緒に京都に行こう!」
と、りーちゃんと約束しました。
その後、何度も見送ってきて、とうとう1年越しで約束を果たしました。

岐阜羽島からこだまで京都へ。
最初に向かったのは、北野天満宮。
ちょうど梅苑が公開さてていました。
10時開園。
時計を見るとまだ9時半です。
じゃあ、まずは神社の中を見よう、と奥へ入っていきました。
と、
「兄者だ!」
と、りーちゃん。

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これです。

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宝刀展が開かれていたのです!
若い女子のご多分に漏れず、りーちゃんもとうらぶやってますw
「髭切り」または「鬼切丸」という刀だそうで。
「カメラはだめなんですが、スマホの写真はOKですので」
と、係員さん。
ずいぶんさばけていますな。
私はよくわかりませんが、一応写真に納めました。

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見終わって外に出たらちょうど10時。
梅苑が開きます。

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青い空に梅が映えます。
入園券には呈茶券付き。
ふわふわしたお菓子と、梅昆布茶をいただきました。

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紅梅も、白梅も、美しいです!

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一通り見て回ってから、バスで京都市役所前へ。
食事は「ビストロハル」さんで。

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ここには、るろ剣撮影当時、佐藤さんたちが食事に来られたとのことで、ぜひ来てみたかったんです。
お若いご夫婦?かな?
かわいらしい奥様が接待してくださいました。

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私は、カキと牛肉。
りーちゃんは、ホロホロ鳥と牛肉。
さっき調べたら、佐藤さんは鴨肉を召し上がったのですね。
鴨肉にすれば良かった~><

それはともかく、お料理がとてもおいしかったんですよ。
前菜の後にパンとバターを持ってこられたのですが、このバターが白いのです。
自家製だそうで、クリームのような口溶け。
さわやかであっさりしていて、おいしい!
甘みのあるパンは、りーちゃんによればバニラ風味じゃないかって言っていました。
メインディッシュは素朴なおいしさ。
デザートの、あんのういものアイスクリームのなめらかさといったら!!!!!
リンゴのケーキとよくマッチしていました。
次回は家族みんなと行ってみたいな。

このあとは、いつものコースでsousouへお買い物に。
iPhoneケースやら靴下やら買いました。
そこから錦市場へ向かい、だし巻き卵をGET。
またまた歩いて、京都市文化博物館へ。
京都ヒストリカで、るろ剣三部作一気見が開催された場所です。
懐かしい!
そこでもお土産を買い。
地下鉄で京都駅へ。
手拭いやさんと土産物屋さんに寄って、帰ってきました。

りーちゃんは、いい旅の道連れです。
去年の夏にお友だちと京都に来ているので、多少の土地勘もあったことも手伝って、楽しい日帰り旅行になりました。

2月7日 聖日礼拝

ルカの福音書 8章19~25節
「神のことばを聞いて行う人」

今日の箇所には二つの別の話が出てきています。
・イエスの母と兄弟が、イエスを訪ねてきた。→兄弟姉妹とはどいういうことか?
・嵐の中で突風を鎮める。

ルカはこの話をつなげて書いています。
そのつながりを見ることを通して、神のメッセージをくみ取ることができます。

「イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のためにそばへ近寄れなかった。
それでイエスに、『あなたのお母さんと兄弟たちが、あなたに会おうとして、外に立っています』という知らせがあった。
ところが、イエスは人々にこう答えられた。『わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行なう人たちです。』」
8:19~21

イエスの語られた言葉に注目する必要があります。
私たちは、互いを兄弟姉妹と呼び合います。
主に合って兄弟姉妹だからです。
主イエスによる救いを頂いているクリスチャンは、神の家族です。
「神のことばを聞いておこなう人」とはどういうことなのでしょうか。
多くの人が、まだ兄弟姉妹になっていない。
そのためにキリストが来られたのだということを強調するためです。

ルカはこれに続けて「嵐」の話を書きました。
弟子の中には漁師が4人いました。
イエスはとものほうで寝ておられました。
そこに突風です。
船は水をかぶります。
これは危険です。
ペテロたちは慌てました。
経験豊かな彼らでさえも命の危険を感じたのです。
とうとう彼らはイエスに声を掛けて起こしました。
すると、イエスは一言で嵐を鎮められました。

「そこで、彼らは近寄って行ってイエスを起こし、『先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです』と言った。イエスは、起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。すると風も波も収まり、なぎになった。
イエスは彼らに、『あなたがたの信仰はどこにあるのです』と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。『風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。』」
8:24,25

弟子をたしなめると同時に、イエスは彼らの信仰を認めておられます。
「いつもなら働いているはずの信仰が、ない。」
と、言っておられるのです。
どんな状況におかれようとも、信じて行う人になることを、イエスは期待しておられます。
では逆に、「信仰がどこにも行かない」とはどういうことでしょうか?

弟子たちは、「みことばを聞いてもおこなわない人」ではありません。
弟子は、イエスの言葉に従って、イエスと共に船に乗りました。
イエスが「向こう岸へ行こう」と言われたのですから。
彼らはイエスが共にいる船をこいでいました。
これは私たちの日々の歩みの象徴です。
救い主であり、私たちの主。
インマヌエル。
それは「神が共におられる」という意味です。
どこにいても、何をしていても、どんな状況でも、イエスが共に歩んで下さいます。
それこそが救いの恵みの中心です。
「決して離れず、捨てない」という約束。
その中で、船が沈みそうな経験をするのです。
もし弟子たちが死ぬのなら、イエスも死ぬことになります。
このたびは、イエスが先導しているのに。

人と一緒に旅行に行くと、中にひとりはとても心配性な人がいます。
リーダーを信じない人と言ってもいいでしょう。
「神のことばを行わない人」とは、イエスが共に折られのに慌てふためくものです。

それに対して、「神のことばを行う人」とは、「この船にはイエスがおられる」ということを信頼している人です。
信頼して船をこぎ続け、困難なときも対処する。
慌てず、今自分にできることを精一杯行って生きる。
どんなことがあっても「信仰」はどこにも行かない。
イエスへの信仰が、その場で働く。
うまくいっているときはいいけれど、いまくいかなくなると主に叫ぶ…のではありません。

「聞いておこなう」とは、神の戒めや律法を守ることだと理解しがちです。
これは誤解です。
もし、そうだとしたら、たぶん誰一人実行できないでしょう。

「見よ。その日が来る。――主の御告げ――その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破ってしまった。――主の御告げ――
彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
そのようにして、人々はもはや、『主を知れ』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。――主の御告げ――わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」
エレミヤ31:31~34

「新しい契約」は、イエスを通して与えられる新しいものです。
みことばを信じ、イエスが私の救い主であると信じて受け入れることによって、キリストと共に生きるようになるという契約です。
主は、約束の聖霊で、証印を押してくださいます。
決して私から離れず、決して捨てないと。

クリスチャンも、律法の戒めを守ることを求めようとしてしまうことがあります。
これができないから、神は御子を遣わされたのです。
イエスを信じて、船出した私たち。
突風に襲われることも起こりえます。
見捨てられていると感じることがありますか?
そんな感覚に陥ることがあります。
そんな中にも、しっかりみことばをきいて保ち、信仰し続けるのです。
沈黙には意味があります。
神が求めているのは、思いがけないことが起きても、忍耐強く信仰を保ち続けることです。

弟子たちはイエスの権威を見て、「どういう方なのだろう?」と言い合いました。
信仰がより強く、深くなり、彼らは信頼に生き続けました。
そうしないと、生きて働かれる神を経験して生きることができないのです。
困難の中で、主が共に折られる。
これを知ることが救いなのです。

真田丸

第一話の放送後に、あまりに評判が良さそうなので、1話の再放送から見始めました。
龍馬伝以来、久しぶりの大河です。
評判を聞いたのはTwitterで、なんですが、思い返してみると、龍馬伝の頃はまだ私Twitterやってなかったんだよね。
なんか不思議な感覚。

なんといっても、歴史に弱い私には、本当にわかりやすい!
ゲームかな?って感じのマップ!
ツボを突いてくるナレーションw

今まで名前も知らなかった景勝様のはかなげで美しかったことと言ったら!
歴史の教科書で、むっつり座ってる絵しか見たことがない家康さんの、小心者っぷり!
信長のキレっぷり!
明智のデレぷり!
真田の父上が、柵を巡らせてやっと織田の傘下に入ったと思ったら、その夜に本能寺の変とか!
私はほんとに歴史を知らないので、
「え!?
マジか!!」
って声に出ちゃいましたよ。

昨日は昨日で、家康さん、伊賀越えお疲れさまでした。
半蔵さん、意地悪ねw
押し通る押し通る。
ていうか、アナ雪め、一行のナレーションで死亡。
ざまあ!

今回の見所は、「本能寺の変」の情報伝達のタイムラグでしたね。
安土城にいた真田弟は全貌がつかめない。
遠くの真田の村には、知らせが届く。
かと思えば、織田家の重臣滝川さんはまだ何も知らない。
滝川さんが語る、信長の壮大な夢に、思わず涙しました。
もしも、あのまま織田の世が続いていたら・・・?
でも、信長のあの性格で、「戦いの無い世」になったかどうか(^^;

来週も楽しみだなぁ。
早丸で見るために、料理も早くとりかかるようになったし、生活にリズムができます!

バレンタイン♪

いやはやごぶさたしています。
季節柄、チョコレートでございます。

むすめたちには小振りのGODIVA。
ダンナには大きめのGODIVA。
もっくんにはチェスの駒がブック型の箱に入ってるやつ。
おじいちゃんたちには生チョコ。

きのう準備いたしました。

ところで、今日は組合の動員で名古屋へ出かけたのです。
名古屋の高島屋に、限定のチョコレートがあると聞きまして。
ただ、「限定」だけに、もう売り切れてるかも…と不安を感じながら、せっかくのチャンスなので寄ってみました。
10Fの特設会場は、それはもうごったがえしていました。
ひととおり見て回ったけれど、場所が分からない。
冷静に周りを見てみたら、みなさん「地図」を持っておられる。
すぐそばで「最後尾」の看板を持ってるスタッフさんに
「あの地図はどこにあるのですか?」
と尋ねたら、すぐ目の前を指差して
「そちらのコンシェルジュで…」
と。
手に取ってみたら、すぐそばでした。
Lの区画だったかな?

近づいて行くと・・・
あった~~~!

2016-02-06 15.51.48

そう。
佐藤さんがCMしているサントリーのウィスキー、知多を使ったチョコレートなんです♡
自分へのご褒美的なチョコw

作っているのはショコラティエ パレ ド オールさん。

2016-02-06 17.03.14

名古屋限定。
買えてラッキーでした^^
なんか、自分用のチョコが一番気合いが入っている気がしますね(^^;
あした、ダンナさまと仲良く食べようっと♪
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ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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