初乗り付き添い

自動車の免許を手にしたりーちゃん。
土曜日に家の車で初乗りしました^^

ちょうど大学の課題を取りに行かなきゃいけなくて。
さすがに一人で行かせるのは怖いので、私が助手席に乗って出発!
行きつけの内科・小児科にも寄ったので、これからは乗せていってもらえそうですw
もっくんの塾の前も通ったし、あとは教会と実家への道を練習しておくといいかな。

一番難しいのはやはり車庫入れ。
我が家の車庫は、ちょっと坂になってるので、アクセルの加減が難しいです。
おまけに幅が狭い。
土曜日は、途中まで自分でやりましたが、どうしても斜めになってcいまうので、最後は私が入れました。
これも慣れですもんね。
なんとか無事故無違反で、安全運転してもらいものです。
スポンサーサイト

11月22日 聖日礼拝

エペソ人への手紙 4章 1~6節
「御霊の一致を熱心に保ちなさい」
       尾張旭福音自由教会 野口恭一師

フィリピンの方たちとの交流プロジェクトの際はご協力ありがとうございました。
これからも共に働いていきたいと思います。

「さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。」4:1

さて、今日の箇所は、「弟子にふさわしく」という言葉で始まっています。
みなさんは、
「いったい何のためにこの仕事をしているのだろう?」
「今までやってきたことは無駄だったのではないか?」
と思ったことはありませんか?
私にはありました。

中学時代、毎日学校と塾の繰り返し。
その間も勉強して、偏差値と点数を上げる努力をしていました。
遊ぶこともせず、必死になって受験し、臨んだ「進学」校に入りました。
先生からも、親からも褒められました。
努力は報われました。
が、中間テストが返ってきたらさんざんな結果でした。
そこにはクラス順位が書いてありました。
それを見て、むなしい気持ちになりました。
考えてみれば、同じように勉強してきた生徒が集まっている学校です。
勉強して、競争して、勝っていかなくてはいけないのか、これから先の人生も…。
これが自分の人生なのか、と思いました。
そこに欠けていたのは、「神が与えて下さっているご計画」を知るということです。
自分の人生の目的を、自分中心に考えていました。
神の視点から見ることができなかったのです。

エペソ書の1~3章のテーマは「永遠の計画」です。
それはすなわち、十字架の約束です。
私たちは、その計画の中に生きるように造られています。
4~6章は、この命に生まれたクリスチャンが、どのように生きていくべきか、何が求められ、何を基準に生きるのかが書かれています。
それには努力が必要だから、パウロは励ましているのです。
「召しにふさわしく」歩むように、と。

「召し」とは何でしょうか?
英語で言えばCallingです。
イエスご自身に呼び出され、私たちは集まっています。
「救われている」ということ、「教会に属している」こと、「ある働きのために選ばれている」ということです。
「呼んだ方がいる」ということが大切です。
召した方の目的と意味にそって生きる時に、自分が何者かがわかります。
アイデンティティ、自分が何者か、ということです。

「ふさわしく」とはどういうことでしょうか?
それが4~6章に書かれています。

①一致
②聖く生きること


このふたつです。
私たちには各々個性がありますが、一つの民、一つの家族です。
そして、この世と戦いながら生きることが必要です。

「召し」には個人の召しがあります。
主は、一人一人にご計画を与えておられます。
様々な経験、賜物を与え、働きに就かせ、用いられます。
「ある職業に就くこと」とは限りません。
これは「生き方」の問題です。
神が呼ばれる。
それに答えて生きる。
教会を通して、世界に貢献し、新しい命を生み、教会を産む。
「新しい命を産んでいく」という召しを受け止める時、自分を発見することができます。

先程の続きです。
高校の時、漠然と「よい高校→よい大学→大企業→きれいな奥さん→子ども」を得ていくことが幸せな人生だと思っていました。
しかし、むなしくなったことをきっかけに、教会に行き、聖書を読み、一年半かけて信じました。
そして、考え方が全く変わりました。
人の為に生きたい。
人を助けるために、役立つために生きたいと思うようになりました。
理系にいたのですが、文転し、浪人。
カウンセリングを勉強しに大学へ行きました。
「生きる目的」が心に定まり、「召し」のほんの一部がわかってきました。

こうして得たもので、英語を使って奉仕ができるようになりました。
私は留学もしたことはありません。
高校時代は英語が苦手で内気でした。
私の所属していた人間関係学科のとなりには国際関係学科がありましたが、そちらは華やかな感じで「人種が違う」と感じていました。
私の学科の学生は、みんな暗くて人間関係が苦手な人ばかり。
中には、飼い猫が死んで3日寝込んだ友人もいたほどです。
そんな私が、今の働きをしているのです。

教会のきっかけは英会話でした。
外国人がたくさん来て、一緒に活動しました。
神学校を卒業して、草加の教会に赴任。
主任牧師に、担当は「ユースと英会話の教室」と告げられ、5年間働きました。
私が名古屋に来て、フィリピンの働きが始まりました。
働きを進めるためには、どうしても英語で伝えなければならなくなりました。
やっているうちに、英語が楽しくなってきました。
初めのことを考えると、このような召しがあるとは思っていませんでした。
でも、神の内にはこのご計画があったのです。
「お役にたつなら、したい!」を続ける内に、召しがはっきりしてきました。
生きる目的を知りたいと思うなら、主の召しに従って歩んだ方がいいと思います。
自分でも気付いていない召しを、主が明らかにして下さいます。

「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、
平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。
からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。
主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。
すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。」
4:2~6

今日の箇所には「一つ」という言葉が7回出てきます。
そもそも、三位一体の神の中に「一致」はあります。
私たちが「一つ」になることは、神の一致に基づいているのです。
固い一致。
壊されることがなくて、御霊によってつながれて、一つだからです。

でも、疑問もあるでしょう。
「実際の教会は一致しているとは思えない。」
「教団、教派がこんなにたくさんあるのはなぜ?」
「教会の中に分裂や党派心がある。」
パウロは、繰り返して「一つ」と言います。
教会の一致は、神の目からは見えますが、人からは見えません。
御霊につながる教会は、神の目からはつながっています。
現実的には、見える教会と見えない教会の違いは大きいものです。
だから、謙遜と柔和の限りを尽くすようにと、パウロは言うのです。
「バラバラになったものが一致する」
のではなく、本来、存在から一つであるものが、罪のためにバラバラになっているのが現状です。
だから、そうならないように、一致を保つのです。
だから、教会に来て、メンバーになるのです。

それは、「穏便に」「対立しないように」という表面的な一致ではありません。
違いを乗り越えて、一致を保つのです。
ふりをするのではなくて、嘘のない、赦しと和解を通しての一致です。
それは、結婚に似ています。
夫婦は、神の目から見ると一心同体です。
もともと一つだった人間が、もういちどひとつになるのが夫婦です。
でも、結婚当初はそうではありません。
年月を掛けて一つになっていきます。

私は毎週「下町ロケット」というドラマを見ています。
ロケットの製造をめぐって、町工場と、大企業と、プライドがぶつかり合い、失敗します。
相手を責め合います。
そこで、
「技術力がどちらにあるかではなく、何が原因か、協力して働くことで勝ったことが大切だ。協力していこう」
と、取り組んで大成功を収めました。
大きな目標のために、必要なのは一致です。
意見やプライド、生き方の違いを乗り越えて、力を結集することです。

神の視点から目標を見ること。
主の召しに応えていくとき、見たことがない祝福にたどり着くことができるのです。

オンラインストレージ

どんどん増える画像をPCに貯めて置くわけにもいかず、オンラインストレージを利用しています。
Drop BoxとGoogle DriveとマイクロソフトがやっているOne Driveで、DBは2G、GDは15G、ODも15Gまで無料。
たぶんiCloudとかも使えるんでしょうけど、今のところは未使用。

DBは、カメラアップロードでiPhoneとのやりとりをするために使っています。
GDは、主にロケ地の地図情報と、例のCCOポスターギャラリーに使用。
ODが、ロケ地を始め、家族の写真などを仕分けして保存するメインのストレージです。

ところが!
ひょんなきっかけで、情報を知りました。
今まで15Gまで無料だったOne Driveが、来年中に5Gまでになるって!!!
そんなバナナ!
幸いまだ3G足らずしか使ってないのでセーフではあるのですが。
これ、たくさん使ってる人はどうするんだろう?
ていうか、いずれ5Gに達したら、GDと併用かなぁ。
オンラインストレージも安心できないですねぇ。。。

秋の京都♪

小雨の降る中、秋のデートタイム。
今回は岩倉の実相院に行ってきました。
ここは、「床紅葉」が有名らしいのですが、そこから見た紅葉は、残念ながら盛りを過ぎてしまった感じ。
それでも、まだ残るもみじを見てきました。
ぴかぴかに磨き上げられた床に、外の紅葉が反射してとても美しい様子は、ポストカード、またはクリアファイルで楽しめますw

お庭は撮影OK。

2015-11-26 10.38.46

2015-11-26 10.44.05 HDR

2015-11-26 10.47.16

実相院のすぐ近所に、岩倉具視が蟄居していた家があります。
岩倉具視幽棲旧宅。
バスを待つ間にそちらにも行ってみました。

2015-11-26 11.06.21

石碑。

2015-11-26 11.08.10 HDR

敷地内に入ると、目に入る松。
岩倉具視の手植えの松だそうです。

2015-11-26 11.15.00 HDR

先程の石碑が建っていた入り口を裏から見たところ。
この入り口は今は使われていません。

2015-11-26 11.15.28 HDR

岩倉具視が蟄居していた家屋の玄関。
畳敷きです。

2015-11-26 11.17.23

台所から部屋を覗きます。
もともとの建物は田の字型に4部屋プラス台所だったそうです。

2015-11-26 11.14.04

こちらは、後に増築された部分。
ガラスが平らではなくて、むこうの景色がひずんで見えるのですが・・・写真ではわかりにくいですね(^^;

すぐ隣りにある建物は対岳文庫。
資料館です。

2015-11-26 11.18.42 HDR

私は歴史が苦手なんですけれども、龍馬伝のおかげで幕末だけは人並みの知識がある・・・たぶん。
ボランティアガイドさんがとてもわかりやすく解説して下さったので、行った甲斐がありました。
ここに龍馬や中岡慎太郎も訪れたのか、と思うと感激です!

ちょうどバスの時刻になり、岩倉を後にしました。
出町柳でバスを降り、河原町通りから寺町へ。
洋食か和食か、迷った末に、よしくらというお店に入りました。
海老天麩羅定食とお造り定食をいただきました。
カウンターにならんでいるお総菜はおかわり自由。
お総菜は、おとうふ、高野豆腐、おから、ひじき、揚げ豆腐の煮物、がんもどき、と、豆腐料理が中心でしたが、おいしくいただきました。

そこから出町ふたばへ!
並んでる並んでる!
何のガイドもないのに、お客さんはディズニー方式でお店の前に行列を造っているんです。
なかなか見物w
私たちも22分ほど並んで豆餅6つと栗餅3つを買い求めました。

ここから南下していきます。
御所の中へ、ちょっと寄り道。

2015-11-26 13.23.11 HDR

これは一番北の石薬師御門 を中に入ったところ。
一本線が見えますよね?
これは自転車の轍だそうです。

迎賓館の横を通って、目指していたのは新島襄の旧宅。
新島襄と言えば同志社大学を設立した方ですよね。
残念ながら、この日は家屋の中へは入ることができず、窓から中を眺めました。

2015-11-26 13.56.23

台所の中に鶴瓶井戸があるのにびっくり!
書斎に並んでいる本の8割は洋書だったそうです。
すぐとなりの「同志社新島会館別館」にも入ることができます。
そこで、またびっくり!
八重さんって、新島さんの奥さんだったの!??
知らんかった~!
八重の桜見てなかったからなぁ。

2015-11-26 13.55.43 HDR

だから、こんな桜も植えてあるのね。

それにしても、この時代、あささんといい、八重さんといい、女傑が大勢いたのですね。
そして、みなさんクリスチャンになられてて。
私たちクリスチャンは、もっと誇りを持っていいと思う!

今年は寒さが緩かったせいもあるのか、紅葉は今ひとつでしたが、なかなか実りある旅でした。
こうして一緒に時を過ごせるのはありがたいことだなぁ。
ダンナさま、いつもありがとう♡

祝!卒業^^

今時「卒業」?
そうなんです。
りーちゃん、ついに卒業しました。
自動車学校を!!!

いやー長かったです(^^;
たしか3月末に入校したはずなのですが。
夏休みは時間がたっぷりあったのに、ご本人は一向にやる気が起きず。
車校から真面目に来るようにと言うハガキが届き・・・
夏休み明けからぼちぼち通い始め・・・
予約はなかなか取れないし授業はあるしで、なかなか進まず。
10月の終わり頃だったか、車校の人に
「こちらでスケジュール組みましょうか?」
と言われたそうです。
なんでも、卒業期限まで1ヶ月になった生徒のファイルには付箋が付けられて、「そろそろヤバイよ!」という警告がされると。

そこからのラストスパートのすごかったこと!
土曜だろうが日曜だろうが夜だろうが、とにかく組まれたスケジュール通りにこなす日々。
おかげさまで仮免、卒験共に一発合格。
めでたく火曜日に卒業と相成りました。

高速教習の時、教官にも
「全部一発合格じゃん。
なんで真面目に来なかったの!?」
とあきれられたという。

さらに、速攻で昨日「平針」の試験にも一発合格で、免許証をもらってきました。
さっそく自動車保険も手続きを済ませました。
これで我が家の免許所有者が5人になりました。
今まで送迎してきた恩返しをしてくれるかな?

三連休

土曜日は子どもの送り迎えをしたくらいで、何をしたという記憶がありません。
日曜日は礼拝に行って、子どもの送り迎えをして終わった気がします。
もっぱらもっくんの期末対策講座(塾)と、りーちゃんの車校。

そう!りーちゃん、ついに明日卒験なんですよ\(^o^)/
春休みに入校したのだが。
いや~長かった。
期限が12月6日らしく、ほんとギリギリですよ。
あんなに長い夏休みがあったのに、全くやる気なし。
今日共感に「すごいラストスパートだね」って言われたらしいw
うまくいけば水曜には平針です!

あ、その合間にりーちゃんの課題の相談にのったり。
今やってる課題が工作チックで楽しいんですよ~^^
ついつい私ものめり込んでます。

明日は胃のX線なんですよね~。
バリウムやだな~。
昼に検査が終わったらさっさと帰ってくる予定。

そうそう、明日はダンナさまのお誕生日です♡
朝一番に「おめでとう」を忘れないようにしよう。

11月15日 聖日礼拝

マルコの福音書 16章15節
「すべての造られた者に福音を」

「それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」16:15

全世界に…と言われても、私たちは「想像できない」「手が届かない」と思ってしまいます。
でも、私たちの教会は祝福されています。
神様が、教会の中に世界への道を拓いて下さっているからです。
Hさんのことを思うとき、カナダを身近に感じます。
かつて行っていた英会話ミニストリーに来て下さった先生たちもカナダ出身でした。
今は故国に帰っていますが、日系ブラジル人の方たちと親しい交わりを持ったので、私たちにとってブラジルは身近な国です。
知っている人がそこにいるからです。
韓国も、フィリピンも、また先日安藤先生が来られたことで、ミュンヘンにも親しみを感じるようになりました。
今村ご夫妻が宣教師として遣わされているカンボジア、さらにインドネシア、マレーシアのためも、宣教ニュースを読んで祈ってきました。
祈りの課題を聞き、祈り、支えることができるように、主は道を与えて下さっています。

震災を通して、私たちは心を痛め、支援にも行きました。
実際に目にしないと分からない、被災地の風景、匂いを感じました。
泥に埋もれた家財を見てきました。
主は、世界から祈りを、支援を、働き人を送って下さいました。
傷ついた人々は今も取り残されています。
さらに支援を続けていくために、教会が建てられ、私たちの教会もその一翼を担いました。
「教会は忘れていない」と、一緒に復興を担おうとしていることに対して、人々は心を開いています。

イエスが30歳になられて、公生涯の第一声は

「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」マタイ3:2

でした。
「天の御国が来た」のではなく「近づいた」と言われています。
天の御国が「来る」のは、イエスが十字架であがないを成し遂げ、それを信じる信仰で新しくまれた神の民が登場した時です。
神の国をそこに集める使命を、イエスは教会に託して下さいました。
イエスの働きを、私たちは受け継いでいます。
イエスは再び地上に来られます。
1回目は「救い主」として来られました。
再臨の時には「王」として、国を治めるために来られます。
私たちは、この使命があるから、「自分の教会を大きくすること」を求めるのではなく、新たな地に宣教に出かけていくのです。

「イエスは彼らに言われた。『わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。』」ヨハネ4:34

「みこころ」、それはイエスにとっては、代価としてご自身を与えることでした。
それによって、人と主との交わりが再開されました。
だから私たちは祈るとき「天のお父様」と呼びかけることができます。
だれでも、見知らぬ人にあれこれ要求するでしょうか?
よく知っていて、それができると思う人に頼むでしょう。
子どもはお父さんに「これ買って!」と言うでしょう。
知らない人には求めません。
私たちを神の子、神の民とするために、地上に来られました。
神の民を誕生させること、すなわち教会を産み出すことがイエスの示される使命です。

「イエスはもう一度、彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。』」ヨハネ20:21

この流れの中で私たちも産み出されたのです。
「感謝です!」
「恵まれている!」
ということは大切ですが、その目的を知ることがもっと大切です。
病から、災いから守って下さい、仕事を祝福して下さい、と祈るとき、主は「それで?その健康と富で何をするのか?」と問われます。
みこころを行うことが、私を生かします。
父のみこころに生きるために必要なものだからこそ、全てが与えられているのです。
求めていることを達成して、何をするのか?

先日テレビで、故ダイアナ妃が残したものについて放送していました。
彼女は皇太子妃という立場を用いてどのように世に貢献できるかを考えていました。
いかに、弱い人々を支えるかにエネルギーを注いだ人でした。
一例あげると、当時まだ偏見にさらされていたAIDSの被害者を抱いて、写真を撮らせたり、地雷原を歩いてその根絶の事業のために尽くしました。
神から命をいただき、健康が与えられているとしたら、その立場で神のみこころを実現していくことのために生きるべきです。
教会に与えられたビジョンの中で、自分にできることで、支えていきましょう。
神の使命のために足りたいものがあれば、求めて祈りましょう。

「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」ヨハネ15:7

あさが来た

「まれ」からの流れで、録画機が勝手に撮ってくれてたのがきっかけです。
正直、もう朝ドラはいいやって思ってて。
でも、ま、最初ぐらい見てみよう・・・って見始めたら面白い!
びっくりぽんや!

最近では、帰宅すると暇を見つけてその日の分の録画をチェック♪
で、ツイッターで色んな方の感想を読むのが楽しみなんです。

好奇心と冒険心の固まりのようなあさ。
ひ弱なお嬢様かと思っていたら、意外に芯の強いはつ。
遊び人と見せかけて、実は?の新次郎はん。
夜逃げして、家出して、すっきりした惣兵衛さん。
どっちもどっちな姑さんたち。
加野屋のかいらしい番頭さんたち。
どの登場人物もいい味出してて、話も停滞しないで軽快に進むし。
最後までこの調子で突っ走ってもらいたいものです^^

11月8日 成長感謝礼拝

ルカの福音書 18章 15~17節
「子どものように神の国を受け入れる」

神は子どもを、親を、どのように見ておられるでしょうか。
私たちが聖書を読む時、勝手な思い込みで読んでいることがあります。
たとえば、教会学校の頃に見た紙芝居やフランネルグラフで、視覚的な印象が残っているから。
あるいは、今までに聞いたメッセージの中で想像したことが思い浮かぶから、でしょう。
イメージは大切ですが、でくるだけ聖書の記述に近くイメージすることが大切です。

「イエスにさわっていただこうとして、人々がその幼子たちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちがそれを見てしかった。」18:15

誰かが止めました。
だれでしょう?
弟子たちです。
言ってみれば、「子どもたちが主のためになにかしようとしているときに、教会の役員が止める」ようなことが起きています。

「しかしイエスは、幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。『子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。』」15:16

イエスは「来させなさい」と言われました。
この子どもたちは何歳ぐらいの子どもでしょう?
「さわっていただこうとして」
と書かれています。
親が、我が子をイエスにさわっていただこうとして、幼子を連れて行ったのです。
母に抱かれていたか、手を引かれているような子どもでしょう。
今で言うなら幼稚科の子どもや赤子だと考えられます。
母や父に手を引かれなければ、自分だけでは行けないような子。

だれが「さわっていただきたい」と願ったのでしょうか。
子を与えられた親が、祝福をいただきたいと思って連れてきたのでしょう。
子の祝福を願う時、親は何を願うでしょうか。
よい服や、よい教材でしょうか?
「孟母三遷」という故事もありますから、教育も大事でしょう。
しかし、何が最も価値あることでしょうか?
イエスのみもとに子どもを連れて行き、イエスに出会わせ、祝福を祈って頂くこと以上の祝福はありません。
親として子どもにしてやれることの中で、ものはやがて失われます。
造り主イエスとの出会いを提供できたら、親が教えることができないことも主から学ぶことになります。

イエスは忙しい方でした。
町々を巡り、説教し、病人を癒し、相談にのり、祈りました。
「迷惑だから」こんなに忙しい方に話しかけるのをやめますか?
話しかけずに、ずっと待って、気付いて欲しいと待ち続けますか?
多くの人はそうして待っています。
「イエスは忙しいから」弟子たちは止めました。
しかし、「求める心」が大切です。

「まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません。」18:17

弟子たちは「しかった」・・・それは「悪いこと」だと認識していたからです。
イエスは「止めてはいけない」と言われました。
親と子どもと一緒に来させるようにと言われました。
そして、「神の国はこのような者たちのもの」だと言われました。
「このような者」とはどのような者でしょうか。

①子どもたち
②親も含めて、子どもたちも


自分で善悪を判断するのは難しいことです。

「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。
これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。」
申命記6:5~7

主の教えを、子どもたちによく教え込むように、と書かれています。
大切な価値観を教えるのは親です。
そうしないと、この世が子どもたちに価値観を教えます。
土台になる価値観を教えておかなければ、物事を見極めることができません。
キリストの元に我が子を連れて行き、人生にふれていただくこと。
そこに揺るがない価値を置くよう教え込むことが大切です。

ヨーロッパで産業革命が起き、近代化されていくと同時に「近代教育」が生まれました。
一代目のクリスチャンが増えたとき、子どもにも意味が分かる働きが必要だと、「日曜学校」が生まれました。
しかし、それによって子どもは大人の礼拝から切り離され、「洗礼式や聖餐式を見たことがない」という現象が起きています。
そして、大人の礼拝に参加した経験がないから、大人になっても大人の礼拝に参加しないのです。
たとえ参加しても、自分に感心のないことはやらないし、歌わない。

子どもに最も必要なのは、神の臨在に触れる経験です。
大人が真剣に神を讃美し、聖書を読み、その生き方で生きようとする。
困難に遭ったときに祈る姿を見れば、子どもたちはそこから学びます。
神を信じて生きるということを体感します。
「立派な姿を見せる」必要はありません。
失敗はあっても、神を信じて仕える真剣な姿であればいいのです。

私が小学3年生の時、父が「祈り会に出席しなさい」と言って、ノートを1冊くれました。
「そこにわかったことを書きなさい」と。
正直言って、さっぱりわかりませんでした。
ちょうどその頃学んでいたのは詩篇でした。
しかし、祈り会の中で、何をどう祈るのかを教えられました。
祈りが聞かれたという報告で、喜びを共有しました。
子どもの頃からイエスに近づく経験、触れられる経験をする必要があるのです。
子どもを連れて来て、神の臨在を経験できるようにすることです。

私たちの教会では、奉仕で若い世代に活躍してもらいたいと願っています。
奉仕をするには、緊張するでしょう。
準備も必要です。
祈りながら取り組む時、達成感が得られます。
チャレンジを与えることは大切です。
一緒に奉仕に携わる経験です。
幼いときから、分かっても分からなくても、大人が大切にしている場に子どもを連れてくる必要があります。
教会に初めて来た方で「よくわかった!」という人はほとんどいません。
習うより慣れよ、です。
自分の最も大切な人と分かち合いたいから、共有したいと願います。
時間はかかるでしょう。
互いに成長し、理解を深めていきましょう。
目に見えない神が、共におられ、助けてくださっているという経験を、幼い頃から体験できるように。
邪魔しないように。

幼子のように素直にイエスの元に来る者。
幼子に祝福を願って子どもを連れてくる親たち。
そのような人たちを暖かく受け入れることが教会の祝福につながるのです。

だらだらとお休み

今週はたけてれがありました。
楽しかったです。←

カレンダーの発表もあり!
来年は「ほぼ」ひめくりに戻る様子。
よくめくり忘れてしまう私にとってはそれぐらいがちょうどいいかもw

バクマン。御礼舞台挨拶のすてき映像とか。
「青のよさを知った」らしい。
あげくは着ている黒っぽい服を「青」だと主張する始末w

新グッズ発表で、とうとう「料理番」のBDをアスマートで買う決心をしてしまいましたよ、私。

やってほしい役。
つばっきーのチョイスが割と年齢高めな感じでw
サイボーグ009とか!
我が家にはこんな絵が飾ってあったりします。

2015-11-14 18.09.55

石ノ森章太郎先生直筆・・・なわけはありません。
高校時代に漫画マニアの男子にもらったものです(甘酸っぱい思ひ出♡)

それはさておき、つばっきーの画力の高さに驚きでした!

まさかこれが今年最後・・・?みたいなエンディングでしたが。
これからお仕事が忙しくなるってことですね!!!???


で、今日はシンガポールにいらっしゃる佐藤さん。
いろいろと動画や写真があがってきていて、どこにいらしてもほんとうにカッコよくてもうどうしたらいいかわかりません。
英語のご挨拶で、LAの風を吹かせておいででした。


そんな今日、世界に目を向けると・・・
パリで同時多発テロ。
なんということ・・・
いったい世界はどうなっていくのか。
どうして争いは止まないのか。
どこまでも連鎖していく暴力。

久しぶりの一日丸っとお休みでダラダラ過ごしながら、心は上がったり下がったり。
プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
ユーザータグ

るろうに剣心 イベントレポ 天皇の料理番 バクマン。 セカネコ PFフライヤーズ 鶴瓶の家族に乾杯! 2010カレンダー 懸賞 ピンポン 真田丸 あさが来た 知多 何者 超ネプの法則 

月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
//折りたたみ