My Birthday

昨日は私の誕生日でした。
本当は土曜の夜、お食事に出る予定だったのですが、もっくんが熱を出したために延期。
 
そしたら、ふーみんが
「はい。これ。一日早いけど。ほんとはレストランで渡そうと思ってたんだけどね。」
って
 
Dsc_1638
 
かわいらしいエコバッグといい香りのハンドクリームをいただきました
ふーみんって最近こういう気遣いができるよになったんですよ。
感激です
 
そして、昨日。
毎朝微妙な時間に起こしてくれるアラーム。
ま、微妙な時間にセットしたのは私ですけど。
5:33に声をかけてくれるんです。
 
 
あ、ここからはネタバレになるから、たけるさんのアラームを使ってて、まだお誕生日を迎えてない方は見ないほうがいいかも
 
 
 
 
 
 
 
で、いつものようにアラームを止めたら、
 
20130929054253
 
いつもとちょっと違うでしょ?
片隅にプレゼントボックス
ここをタッチすると・・・
 
20130929054219
 
画面が変わってお祝いメッセージを語ってくれますよ〜
 
たまたまそばにいたダンナ。
「あれ、先越されちゃった。」
って
で、
「何か欲しいものある?」
って聞かれたんで、
「エ○○・・・」
と言いかけると、
「エキストラとか言うんじゃないよね?」
と鋭いお察し。
「余計なこと言わなきゃよかった〜」
って言ってましたが。
ってことは、付き合ってくれる気あるのかな?
ああ、いい日程で募集来ないかな〜
 
この日のめくるくんは、
Dsc_1640
 
招き猫さんでした
いやん、なにかとっても色っぽいんですけど〜
 
そして、ツイッターではいろんなお友だちからハピバメッセージをいただきました
ありがとうね〜

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9月22日 聖日礼拝

マタイの福音書 9章35〜38節
「働き手が必要?」
 
現在アジアの5カ国に福音自由教会の交わりがあります。
香港、マレーシア、フィリピン、台灣、シンガポールです。
それぞれ、アメリカの教会による宣教によって生み出された群れです。
そして、そこからの帰国者の群れがインド、マカオ、ミャンマーにあります。
神は全世界のすべての人に目を注がれています。
アジアの様々な国で、人々が主に使えていることを覚えておく必要があります。
この西教会は、当時日本にあった13の福音自由教会が祈り、捧げて建てられました。
10年前にアメリカの福音自由教会の本部を尋ねました。
その時に、一人の宣教師が日本に来るためにどれほどの資金が必要なのか尋ねました。
だいたい年間一千万円という答えでした。
それは全米の主にある兄弟姉妹の捧げものです。
教会は他の人の必要のために、祈り、人を送り出し、献身しています。
なぜ生まれ故郷を離れて、異国へ宣教に行くのでしょうか?
私たちは、罪によって歪められた物の見方から離れて、神との交わりを回復し、本来の生き方を教えられました。
自分が受けたこれらのことを、分かち合うこと。
これが宣教の働きです。
 
「それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。
また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。
そのとき、弟子たちに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。
だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。』」
マタイ9:35〜38



クリスチャンとは、「弟子」です。
弟子がすべきことは、師がもっておられるものを学んで、身につけることです。
「生き方」を学ぶにはどうすれば身につくのでしょうか?
「ある日突然」わかるものではありません。
何を見るか、何を聞くか、何を選ぶか。
その積み重ねによって形成されます。
何のために自分の時間や才能を使うかをはっきりさせることです。
イエスは弟子たちと3年あまり共に暮らしました。
彼らはイエスの行くところに行き、食べるものを食べ、訪ねる家を訪ねました。
イエスが関心を持っておられること、何に時間を使ったか、弟子たちは直に学びました。
いつも、「主キリストが何を見ているか、何を聞いているか、どこに関心があるのか」を学びながら、自分をそこに重ねて行ったのです。
そうすると、気づかぬうちに生き方が身についていきます。
何度も繰り返して聴き、触れることで、説教の意味もわかるようになります。
こうして実を結ぶ生き方が身につくのです。
毎日聖書のみ言葉を読みながら、何を見て、聞いて、選ぶかを、聖書を基準に選択していくことです。
基準は聖書の中にあります。
キリストはどう歩んだか、を見るのです。
 
35節には、「すべての」「あらゆる」という言葉が書かれています。
キリストの視野は広いのです。
私たちは自分のことに考えが偏りがちです。
想像力が足りないからです。
自分の身に起こって、初めてその気持ちがわかります。
キリストはすべての村を巡られました。
あなたの祈りの関心はどこにあるでしょうか?
自分の問題、課題ばかりでしょうか?
視野が狭くなっていませんか?
同じ課題が世界に広がっていることに目を向けましょう。
自分の課題だけでなく、世界に目を向けましょう。
すべてのことをするのは不可能です。
でも、心に留めて、祈ることはできます。
自分にできなくても、だれかできる人が起こされるように祈りましょう。
 
すべての村、全ての人。
つまり、貧しい人も富む人も。
社会の下層の人々も、支配者も。
全ての人々に福音を述べ伝えられました。
それは、エルサレムからユダ、サマリヤ、そして地の果てまで広がりました。
 
自分の考え方の殻の中でしかものを考えられないとしたら、神の素晴らしさはその範囲内でしか理解できません。
全ての人の問題のために労された主イエス。
今教会が行っているNPOの意味もそこにあります。
取り組む分野を広げていきたいと考えています。
必要に応じていく姿勢を忘れてはいけないと思います。
 
キリストの心は「かわいそうに思われた。」という言葉に現れています。
アジア諸国を見るとき、私たち日本人の「悩み」のレベルが違うと感じます。
「貧しい」といっても、貧しさが違います。
でも、豊かな日本であっても、心の有り様はどうでしょう?
5月にフィリピンを訪れたとき、子どもたちの目は輝いていました。
 
日本での話ですが、以前教会学校で集まった子どもたちにプレゼントとしてお菓子を配ったときのこと。
もらった子どもはそこで袋を開けて、中身を出してより分け、
「これはいらない。」
と置いていきました。
日本の子どもたちは豊かさのあまり心の豊かさを失っています。
 
キリストは、物と精神の貧しさを放置できない方です。
共感する心、同情する心、寄り添う思いこそがキリストの心です。
「なんとかしよう」と思わないと、エネルギーは生まれません。
 
「収穫は多いが・・・」
本当にそう思っていますか?
思うか思わないかが大切です。
思うから、そのためにお金を、時間を、捧げるからです。
それが献身です。
キリストが何を見て、どう感じ、どう向き合おうとしているかを見て、「私を用いて欲しい」と思う心です。
収穫が多いということは、取り組むべき課題が多いということです。
イエスご自身は、全世界を巡ったわけではありません。
全世界に広げるためには人々が必要でした。
種を蒔き、見守る労苦は捧げられています。
収穫をしなければ、せっかくの実が腐って朽ち果てていきます。
だから働き手が必要なのです。
 
香港にある恩福福音自由教会は、12,000人が集まる教会です。
礼拝堂に入るのに、並んで15分ぐらいかかります。
私は教会員は何人いるのか聞いてみました。
答えは、6,000人。
なるほどと思いました。
教会に入ると「初めての方」コーナーがあります。「子連れの方」のコーナーも。
エレベーターの前には警備の人がいました。
必要に応えるために、使える心を持って、クリスチャンたちが暖かく迎え、親切にもてなしていました。
私が掲示板を見ていると、「読めますか?」と声をかけてくれました。
「漢字は読めるので、だいたい意味はわかります。」と返事をしました。
教会の大きさだけに目を止めるのではなく、こうした「弟子」の働きに注目しました。
この教会には、学習教室があり、病院も、孤児院もあります。
社会に仕えながら、自分を突き動かしている主を伝えているのです。
規模は違っても、私たちも同じことを目指したいと思います。
 
私の苦しみと同じ苦しみを持った人がいる。
私の経験を通して、福音の前進のために用いていただきたい。
そう考えなければ、辛い経験は「苦々しい過去」に過ぎません。
それが用いられた時に初めて、乗り越えることができます。
慰められることより、慰めることによって、乗り越え、癒されていくのです。
 
私たちは「世の光」「地の塩」です。
主は私たちの生活の只中で、機会を用いて御国の栄光を表そうとしておられます。
被害者でいてはいけません。
「働き手が少ない」とは、「私が主に用いていただける」という確信を持って歩む人が少ないということです。
私たちは、用いられることで、全人的救いを経験します。
主は、すべてを用いて生かしてくださる方だ、ということがわかるからです。
弟子として、ちいい茶会に仕え、神の栄光があらわれるように生きていきましょう。



発熱

もっくんです。
これで3度目です。
公式行事にでられなくなりました。
春の子ども会の遠足、春の遠足に続き、明日は「地区運動会」でバケツリレーを走る予定だったのに。
お友だちのところからは、「今日遊べない?」とかメールが来たというのに、残念・・・
3回終わったから、もうもっくん、大丈夫と思うけどえ、ね?

今は平熱まで下がってるのですが、油断できないですよね?
高熱じゃないおかげで、朝も普通に食べられましたよ

^^
早く治っておくれ〜+

忙殺

やってもやっても仕事が湧いてくる。
それも、細々とした仕事。
ひとつひとつはほんの2、30分で片付くようなささいな仕事なんだけど、それがいくつも積み上がっていくと.・・・。
そのせいで、一番肝心な部分が自転車操業のやっつけ仕事。
これは二週連続の三連休(含運動会)と、出張のせいだな。
 
少なくとも明日はお仕事ないので、のんびりしたいです。
FREE!の最終回もまだ見てないし!
では、おやすみなさい

始動

いよいよ来月から。
 
先ほど、ふーみんもお世話になっていた画塾に電話をかけました。
久しぶりに聞く先生の声。
変わってないなぁ〜^^
 
「ああ、ふーみんちゃんの!」
って、ちゃん付けですもんね。
 
ちょうど10月から後期のコースが始まるとのこと。
これから毎週2回。
各3時間。
なかなか厳しいですぞ。
 
自分で選んだ道だからね。
しっかり夢に向かって進んでおくれ

忘れた〜><

三連休のため、自宅に持って帰っていた「めくる」さん。
今日は出勤だったのに、持っていくのを忘れてしまいました〜
 
今日はお掃除の日だったのね。
一日かぎりのページだったのに
いいや。
あしたもこのページで飾っとこう
 
お顔が見えなくても、素敵
 
Dsc_1635


運動会

例の件は無事落選と相成りまして、土曜日は安心して運動会を楽しむことができました
 
5年生が出る種目は、徒競走・棒引き・綱引き。
 
徒競走では、なんと、もっくん一位でゴールテープを切りました
こんなこと初めてだ〜って思ったら、帰宅して旦那が言うに、
「前にも一度一等だったことがあるよ。」
って、10年日記を取り出して確認していました
さっすが記録魔
 
棒引きは残念ながら紅組は負け。
毎年同じ中身のお弁当を、家族5人で囲んで食べ、午後の部へ。
でも、もっくんが出るのはあと綱引きだけだし、もうとにかく暑くて
早々に帰ってきてしまいました。
ごめんね、もっくん。
 
こうして小学校に来るのもあと1年。
周りを見回しても、ふーみんの時のママ友さんはすっかり姿を消してしまって。
そりゃそうだよね、10歳も違うと。
かろうじてりーちゃんの時のママ友さんと、ひとりふたりお会いしたぐらい。
もっくんが中学に上がってしまうと、旗当番も、資源ゴミ当番もなくなるけど、そうなると地域とのつながりが薄くなるよなぁって思う今日この頃です。



9月15日 敬老の日感謝礼拝

創世記 12章 1〜9節
「神の祝福といのちのつながり」
                           村井義信伝道師
 
服部牧師は今、福音自由の会議出席のため、香港に出張中です。
震災の支援へのお礼と、今後に支援のアピールをするためです。
 
さて、私は以前にもお話しましたが、長崎県平戸市にある、日本海に浮かぶ島の出身です。
そこでは今も、もうすぐ90歳になる母が一人暮らしをしています。
兄が単身故郷に帰って面倒を見てくれています。
私は、先日エアコンを取り付けに行ってきました。
 
私はおじいちゃん、おばあちゃん子でした。
両親は日の出とともに畑へ出て行き、いつも祖母の背中にいた気がします。
悪いことをするとお尻をつねられました。
父は次男で、当時はよくあったことですが、結婚する時に養子に出される、いわゆる「両もらい」でしたので、私と祖父母とは血縁はありませんでした。
 
相田みつをさんの詩集の中で、こんな記事を読みました。
「人には必ず先祖がいる。」
という話で、自分には両親がいて、その両親にもそれぞれ両親がいて・・・代々さかのぼると、倍々になっていき、20代まで計算すると100万人になるという話でした。
1世代を30年と計算すると約600年前になります。
これを読んだとき、「私がここにいるのは偶然ではない。」と思いました。
 
「いのち
 
 アノネ
 にんげんはねぇ
 自分の意思で
 この世に生まれて
 きたわけじゃねんだな
 だからね
 自分の意思で
 勝手に死んでは
 いけねんだよ」
 
「好きで生まれてきたわけじゃない」
と、若い頃は言ったものです。
マタイの福音書冒頭には系図があります。
アブラハムからイエスまでが40代。
私、これを計算してみたところ、3兆人になりました。
イザヤ書には、
 
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」イザヤ 43:4
 
と書かれています。
その言葉の重みがわかります。
命を大切にして、悔いのないように生きなければと思いました。
イスラエル人は血のつながりを大切にします。
創世記2章には「人」が造られたいきさつが書かれています。
先祖をたどっていくと、命のもとは神にあるということがわかります。
人は、命の息を吹き込まれて、生きるようにと造られました。
主が与えられた命を大切にしなければなりません。
 
「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。」出エジプト 20:12
 
モーセが主から与えられた十戒の5番目です。
両親、先祖、その元である神を大切にするという戒めです。
「血のつながり」は、私のだいで途切れる、ということもありえます。
「恵みを千代にまで及ぼす」とはどういうことでしょうか。
 
アブラハムは信仰の父と呼ばれています。
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、この三大宗教すべてでそう呼ばれています。
なぜでしょうか。
彼は今で言うイラクに住んでいました。
そこから、カナンへと旅立つようにと、主から言われました。
アブラハムには大家族がいて、ウルの地で祝福されていました。
それなのに、ある時「出て行きなさい。」と言われたのです。
アブラハム75歳の時でした。
 
「アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。」12:4
 
迷うことなくお告げに従った動機はなんでしょうか?
信仰です。
アブラハムには、神への絶対的な信仰がありました。
 
「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。」へブル11:8
 
それはどのような信仰でしょうか?
 
「そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。
あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
創世記12:2、3
 
闇雲になんの保証もなく出て行ったわけではありません。
主の約束を信じているから出ていけたのです。
 
「アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。
彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、
神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。」
ローマ 4:19〜21
 
日本の宗教心は、「鰯の頭も信心から」という言葉があるように、「何を信じるか」「誰を信じるか」よりも、「信じる」ということ自体を重視します。
私たちの信仰は盲目的なものではありません。
聖書の言葉には確かな約束が必ずあるからです。
命令には祝福が伴っています。
神を愛することは、人間にとって最も大切なことです。
その次に、人を愛することです。
 
聖書に書かれていることは、日本から遠く離れた地での出来事です。
なぜ私たちに関係があるのでしょうか?
 
「アブラハムは神を信じ、それが彼の義とみなされました。それと同じことです。
ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。
聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、『あなたによってすべての国民が祝福される』と前もって福音を告げたのです。
そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。」
ガラテヤ 3:6〜9
 
イエスを信じるすべての人が、アブラハムの子孫だと言われています。
アブラハムの約束は、福音の約束でした。
信仰によるつながりです。
私たちに必要なのは、イエスを信じる信仰です。
私たちはみな神の子どもです。
教会は家族です。
そのために、イエスは地上に来られ、罪の精算をして、私たちに神の子としての身分を回復してくださったのです。



ああ悩ましい

某エキストラ募集。
あまりにも直前で。
迷いながらメールしたけれど。
もしもOKだとしたらいろいろ問題山積で。
神さま。
み心のままにっていうのはあまりにも丸投げですか?
きっと杞憂に終わるでしょうけどね

でかしたじいちゃん!

ふと見ると、畳の上に通販の宅配と思われるダンボール箱。
 
「ん?昨日ポチったBD-Rが届くには早すぎるが・・・」
と、近づくと、「DUSKIN」と書いてある。
確かにダスキンは使ってるけど、なんで宅配?
 
開けてビックリ。
 
Dsc_1629
 
「当選おめでとうございます!」
ですと
ダスキン50周年記念プレゼント
ふとん2枚分丸洗いしてくれるそうです
 
私は応募した覚えなんてないし。
そしたら、おじいちゃんが
「俺、引いたがや。
それが当たっとったんやな。」
だって。
 
家族のだれも知らないうちにくじを引いて当てていたらしいです。
やるなぁ〜
なんだかちょいハピでした〜

プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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