個人面談2

昨日は中学校の担任の先生と面談でした。
公立の出願校を決める面談。
ふーみんが行ってた高校が第1希望。
「チャレンジ校」です。
当日のできによっては第2希望もあやういかもと言われました。
「私立になるかもしれないけど、どうしてもいやなら変えてもいいし。」
と。
いろいろ代案も出してみたけど、結局りーちゃんは初志貫徹を宣言しました。
 
・・・って言うとかっこいいけど・・・
あまり集中して勉強している気配もなく。
隙をついて漫画読んだり、落書きしたり
 
ま、勉強するのも進学するのもりーちゃんなんだから、ヤキモキしても仕方がない
きっと神さまがりーちゃんに一番合ってるとこに連れてってくださるよね。
 


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1月23日 合同礼拝

ヨハネの福音書 21章 1〜14節
「新しい出発」
 
先週関西のNew Year Festivalに参加してきました。
その中で、西教会の文化祭のような催しものもありました。
私たちがふだん知らない、よさ、すばらしさを見聞きすることは大事です。
見て、聴いて、触れる様々な経験は、次によりよく神にお仕えするための下地になります。
 
「生まれてから今までの経験すべてが賜物になる」ということを昨年からずっと学んできました。
経験をどう捉えるかが大切です。
神は経験を通して私たちを用いようとしておられます。
多くの人が後ろ向きの人生を送っています。
「あれがあったからこうなってしまった。」
「災害のせいでこうなってしまった。」
と。
もう起きてしまったのだから、受け止めて、行動していく姿勢が大事です。
神のみ手の中で許されて、私たちの経験があるのです。
その志を失わなければ、良くなっていきます。
重荷を担うことで人は成長します。
私自身、もし「会長」でなければ楽だったことでしょう。
しかし、その重荷の中で
「助けてください!」
という祈りが生まれました。
協力のわざが与えられました。
前に向い、「食べるにも、飲むにも」神の栄光を表しましょう。
 
さて、今まで学んできたことを振り返りましょう。
イエスの十字架と死、よみがえり。
イエスは失意の弟子たちにご自身を現されました。

「イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、すでにこれで三度目である。」21:14
 
1度ではダメ。
2度でもダメ。
3度目が必要でした。
私たちが変わっていくために、困難や危機を乗り越えるためには、一度解決を経験すればそれでいいというわけではありませn。
時間と機会が必要です。
頭で理解しさえすれば、すぐに状況が変わるでしょうか?
「なるほど」と思えば、その日から変われるでしょうか?
変わろうと思うが、元に戻っている・・ということはないでしょうか?
すぐに新しい場所には移れません。
まだどう考えて良いのか定着しません。
 
イエスが1度目に現れたのは、トマスがいない時、2度目はトマスのため。
そこにいた弟子たちは「よみがえり」を理解しましたが、
「だから何なのか?」
「自分の人生とどんな関係があるのか?」
「次にどう行動したらいいのか?」
わからないでいました。
イエスが復活してよかったけれど、では、彼らは何をしようとしたのでしょうか?
 
「シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
シモン・ペテロが彼らに言った。『私は漁に行く。』彼らは言った。『私たちもいっしょに行きましょう。』彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。」
21:2,3
 
合計7人の弟子たちがテベリア湖畔にいました。
漁のために。
混乱していた時、ペテロは漁に行きました。
もとの職業に戻ったのです。
「今できることは漁だ」と考えて。
ところが、何も捕れないという経験をします。
これはどこかで聞いたような話ではありませんか?
明け方、岸辺の人から声をかけられます。
 
「夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
イエスは彼らに言われた。『子どもたちよ。食べる物がありませんね。』彼らは答えた。『はい。ありません。』」
21:4,5
 
「食べるものがありませんね?」とは、「何も捕れなかったのですね?」ということです。
弟子たちは「はい、捕れませんでした」と答えます。
そして
「船の右に網を下ろしなさい。」
という言葉に従うと、おびただしい魚が捕れました。
その瞬間、
「主です!」
と気づきます。
かつてイエスと自分との間に起きたことに似ていたからです。
 
「イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。
話が終わると、シモンに、『深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。』と言われた。
するとシモンが答えて言った。『先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。』
そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。
そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。
これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、』主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。』と言った。
それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。
シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう言われた。『こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。』
彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。」
ルカ5:3〜11
 
弟子になる少し前のできごとです。
これからどうしたらいいかわからなないときに、昔と同じ経験をしたのです。
はじめの時の、主との出会いの中で受けた経験を再体験することによって、純粋な信頼を思い起こすためでした。
3度目にイエスに出会って、自分に与えられた生涯の使命を思い起こしました。
 
クリスチャンになった時に、だれしも高い志を持ったはずです。
その後、めぐみの経験し、同時に苦しみをも経験します。
そして、いつの間にかはじめの純粋な目当てや使命感がぼやけてしまうことがあります。
「一生懸命」してはいても、その理由を忘れてしまうのです。
すると、人目が気になります。
不満が生まれます。
しかし、イエスに触れられる経験によって、再出発の機会を得ることができます。
 
クリスチャンにはふたつのステップがあります。



 
人生には試練が待っています。
理想通りにはことは進みません。
努力しても、願う通りにはいかないとき、「社会が悪い」「周りが悪い」と思い、志を妨げるものが社会の中にあることに気づきます。
そうして、挫折感を感じます。
 
ここから次のステージが始まります。
自分の力の限界に気づく→消極的になる=人のせいにする。
人を責めはするけれど、では自分にはできるのか?
言葉で言うのは簡単だが、実行するのは難しいことです。
困難を知ったうえで、そこに立ち続けることが大事です。
 
弟子たちは、純粋さを持ちながら弟子としてスタートし、イエスの教えが広がっていきました。
イエスに従っていることを誇らしく思っていたことでしょう。
ところが、十字架の時、彼らはプライドを失い、命の危険さえ感じました。
その中で、自力で道を切り開く力を失ってしまいました。
そして、イエスとの再会によって、はじめの経験を思い出し、自分の使命を再発見したのです。
 
人生の中で大切なのは純粋さを失わないことと、困難に直面してもその純粋さを貫くことです。
苦しみや試練は避けられません。
困難の中で、主のみ手を感じる時、力が与えられます。
何度も言いますが、「問題がある」ことが「問題」ではありません。
立ち上がる人がいないことが問題なのです。
みなが立ち上がるなら、成長する機会になります。
使命感はあっても「もうダメだ」と、挑戦しなくなってしまう。
そんな時に、御心の実現のために労することが大切です。
私たちクリスチャンにはそれが可能です。
 
ペテロは律儀な人でした。
 
「そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。『主です。』すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。」2:7
 
ペテロは上着をまとって飛び込みました。
普通水に飛び込むときは、逆の行動をするでしょう?
服を着ていてはまとわりついて、うまく泳げないからです。
ここにペテロの主への姿勢が表れています。
地子たちはパンと魚を食べることを通して、はじめの使命と役割を思い出しました。
ことばではなく、状況を通して理解するようになりました。
 
今日、大事なことを心に留めたいと思います。
私たちが生かされている状況はいつも万全というわけではありません。
その時こそ、問われます。
祈りつつできることを通して、主に仕えようとする心を失わず、持ち続けるなら、世の光・地の塩として、周りに貢献できるようになります。
世の中が悪くなっても、私の周りでは神の国の働きが生きてる・・・
そのようなあり方を求めてい行きたいと思います。
同じ痛みを経験している人はたくさんいることを忘れないでいましょう。
そこで答えを見出し、乗り越えるなら、同じ経験をしている人を助けることが使命なのです。



仮面ライダーコレクションナビ♪<追記あり>

先日ちょこっと紹介した仮面ライダーコレクションナビ。
結局ポチってしまい、今日届きました〜
 
今日の午前中に届くというメールが来ていたので、わくわくしながら待って待って・・・
届いたのは11時過ぎでした
宅配の人が、
「指定時間が、こんなところにちっちゃい字で書いてあるんで、さっき気づいて慌てて持ってきました
とのこと。
いや、私自身が時間指定したわけじゃないんですけどね^^;
 
ハイ。
これが外箱。
 
Dsc_0228_1
 
どこから開けたらいいの〜〜〜
と、数分いじくり回してやっと開け口がわかりました
 
Dsc_0229
 
一番上に乗ってるのがカーナビディスプレイですね。
この下に埋もれていたのがコレ↓
 
Dsc_0230
 
右側にずら〜りと並んでいるのが、オールライダーのスタンドカップ。
もちろんソードフォームを選択
 
Dsc_0231
 
そうそう。
ディスプレイの裏側はこんなん。
 
Dsc_0232
 
スタンドを取り付けた状態で充電ちう。
この底にある吸盤を、スタンドカップに吸い付けて立てるんですね。
 
Dsc_0236
 
さっきのソードフォームを差し込んだスタンドカップを車に貼り付けます。
これ、視界の妨げにならず、平らな部分を探すのがなかなか難しいかも。
TANTOは大丈夫でしたが、ダンナのLUPOはちょっと無理ですね。
でも、曲面対応の吸盤ベースも市販されてるので、それをつければ、LUPOに付け替えて利用できそうです。

Dsc_0237
 
車に取り付け〜
さっそく近くの図書館へGO
 
電源を入れると、さっそく弦太郎が挨拶してくれます^^
ていうか、電源を入れる度に挨拶するので、ある意味くd(以下略
ナビも弦太郎。
あえてナビに逆らって進むと、
「賢吾、リルート頼むぜ!」
とかw
時々ユウキも合いの手を入れてきます^^
 
肝心のナビですが・・・
案内してくれたのは、なぜか遠回りな道
何カ所か試してみないと、ナビがうまいかどうか判断はできませんけどね。
 
さて、肝心の利用予定者、ふーみんは・・・
「え〜、ライダー?うちが使うの?」
「別に、普通の設定もできるみたいだけど。。。」
「そうしてよ〜。で、これ何?ロケットみたいなのしかないの?」
「あー、『矢印』っていうのもある。」
「だったら変えて!」
はぁ〜、ちゃんと電王に出会ってタロスたちの声が聞きたいのにぃ
「てかさあ、仮面ライダーじゃなかったらうちにナビ買ってくれるつもりなかったわけ?」
「うん。」
 
仕方ない、私が乗るときにはちゃんとしゃべらせてあげるからね、弦太郎
そして、いつか出会いたい・・・モモ、ウラ、キン、リュウの声を聞かせてね〜

 
<追記>
このナビでライダーに出会った場所を登録できる
Google Mapがあります。
まだ情報は少ないですが、どなたでも登録できますので、もしナビをお持ちの方でライダーに出会われた場所を覚えてらっしゃる方はご協力いただけると幸いです。
みんなでライダーに会えるポイントを共有しませんか?



個人面談1

昨日は塾の迎えついでに、塾長と個人面談してもらってきました。
12月24日に行われた最後の模試のデータを見ながら、公立高校の出願作戦を立てるため。
りーちゃんが行ってる塾は、ふーみんも行ってたところで、塾長ともおなじみです^^
 
りーちゃんはよく気の効く子なんですが、毒舌が玉にキズ。
塾長に対してもか〜な〜り態度がでかくて、もうヒヤヒヤしました
「すみません、いつもこんな調子で。」
「いいんですよ。個性ですから^^」
って、塾長、余裕あるわ〜
 
要点は、
「お姉さんと偏差値は変わらないんですけどねぇ。
内申が・・・」
っていうね
「まだ1ヶ月あるし。
当日7割取れれば受かるよ。
家で最低6時間は勉強すること。」
「6時間て・・・
「家に4時頃帰るでしょう?
12時までに8時間ある。
そのうちのたった6時間だよw
2時間も自由時間があるし
だって
 
 
 
 
志望校に合格したいという思いがあれば、本気出せるかな・・・


雑誌ラッシュ

ほんとにもう、どれをチェック済みなのかさえわからなくなってきています
中身を読んでみても、「るろ剣」なんかは特に、写真は同じものが多いし、語っていることも少しずつかぶってるし。
そんな中で私が買った2冊は、これ
 
51pc3yyv3kl_sl500_aa300_
 
51pije7o3kl_sl500_aa300_
 
まだ「演劇男子」のほうしか読めていませんが。
ロミオの準備はずいぶん前から始めていたんだなぁとびっくりしました。
確か去年だったか、「英語がしゃべれるようになりたい。」とか言ってましたよね。
「3ヶ月ぐらいで撮影現場が変わるのは飽きなくていい。」
なんて言ってた佐藤さんが、お芝居・・・。
これは文字通り大きなチャレンジですよね。
きっと役者として大きな財産を手に入れることができると思います。
しっかり体力をつけて、長丁場に備えてください
いつも応援していますよ〜〜〜
 
 
 
 
 
 
今年タケフェス、あるのかな・・・
 

ずっと先のライブ

→Pia-no-jaC←の今年のライブチケット、買いました
今回はオフィシャルサイト先行だったので、当たれば絶対前よりいい席になるな〜と期待してました
20日に抽選結果の発表があって、きのう、発券してきました
1回10列目の左の方のブロックでした。
なんてったって、前回は2回の後ろの方でしたから、雲泥の差だと思います
 
3月発売のアルバムを受けてのツアーなので、CDを聴いて予習しておかくちゃね



ポロック展

「ポロック」と聞いて「ポケモン?」って思った人!
正直に手を挙げなさいw
 
というわけで、これはポケモンの食べ物ではなく、ゲイジュツです
タダ券をいただいたので、ふーみんと二人で行ってきました♪
 
20111114220333
 
以前どこかの学芸員さんかだれかがおっしゃっていたんですが、絵を見るときには「理解しよう」とか思うんじゃんくて、自分が大好きな絵はどれか?って考えながら見るといいって。
 
私が気に入った絵は、ちょうどこのチラシ(?)チケットに載っているものと、もうひとつ。
横長のカンバスを5つに区切って、黒一色でポーリングで描いた絵でした。
見終わって売店に寄ったら、どちらの絵も絵葉書やメモ帳になってました。
一般人にも愛されている作品だということなんでしょうね。
 
記念に、その絵葉書と、メモ帳と、コレを買ってきました。
 
Dsc_0227
 
ネクタイで〜す
結構なお値段がついていましたが、ゲイジュツカふーみんのお勧めでダンナへのおみやげにしました
さっそく今日つけていってくれましたよ
 
美術館のあとは、LACHICをぶらついてきました。
娘とこうして一緒に出歩くのもいいものですね


1月15日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 20章 30,31節
「いのちを得るために」




 
「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。
しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」
20:30,31




 
この書に書かれたことは、イエスの言葉とわざです。
それが「しるし」です。
しるしという言葉は「目印」という意味があります。
忘れないためにつけておく印です。
教科書に引くアンダーライン。
畑の境目にさしておく棒。
 
あるいは、伝えたい相手にメッセージを届けるためのものもあります。




教会の十字架もそうです。
屋根の上に十字架があれば、そこは教会だという印です。
十字の腕の長さが全部同じで、赤い色をしていればそれは病院の印。
緑色なら?
工事現場ですね。




一つのものを表すために、長い説明はなくても、それがあればわかる・・・それが印です。
 
ヨハネの福音書を読むことで、私たちは大切なしるしを学びます。
そのためにこの書が書かれているからです。
では、私たちは何を受け止めればいいのでしょうか?




 
?イエスが神の子であることを信じる



 
 
イエスという人物が、神が預言者を通して約束していた救い主であると信じること。
すなわち、神が遣わした救い主だということを信じることです。
これは大切なことです。




 
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」3:16




 
ヨハネは前の方で、こうも書いています。
父は、御子を与えるほど世を愛していると。
御子は愛のしるしなのです。




 
私たちは無意識にものの価値を決めています。
店に並んでいる物には値札がついていますね。
値札のない店は怖いです。
いくらかわからないからです。
そのような店では客とのやりとりで値段が決まります。
値段がついていれば安心します。
 
恵泉ファームでは野菜をスーパーに出荷しています。
ところが、ファームのMさんが
「A店とB店ではネギの値段が違うんですよ。」
というのです。
一方では250円以上するのに、もう一方では同じものが190円台で売られていると。
そうなると、ファームの野菜に値段をつけるときにも考えますね?
つまり、売り手は値段をつける時、比較の中で決めるということなのです。




 
一方で、買い手が値段を決める場合があります。
オークションです。
普通よりも安く買えるものもあれば、定価以上の値がつくものもあります。
今では手に入らない、希少価値のあるものはとても高い値段が付きます。
そこに価値を見出す人は、その値段でも買うのです。




 
さて、神はひとり子を与えるほどに世を愛されました。
これは、私たちひとりひとりが正しく、まっすぐに受け止めなければならないメッセージです。
神は、ご自身の御子を差し出してもよいと思い、それを実行されました。
それほどに愛されているということを、知っていますか?




 
私たちは他人と比べて生きています。
自分の値打ちを、比較の中で決めているのです。
しかし、神は




 
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」イザヤ43:4




 
と言われます。
私たちに値打ちを、そのように見ておられるのです。
私たちは、人より上だと横柄になり、劣っているとしゅんとしてしまう・・・そんな浮き沈みの激しい人生から解放される必要があります。
「私たちそのものが素晴らしいから」値打ちが高いわけではありません。



 
いわばダイヤの原石のようなものです。
普通の人はダイヤの原石が転がっていても気づかないでしょう。
わかる人には価値がわかります。
とはいっても、原石だけでは輝くことはありません。
磨いて、カットすると輝きが生まれます。
神は、原石に価値を見出しているのです。l
私たちは、すばれしい可能性という価値を持っています。
私たち自身が見失っている輝きが封じ込められているのを、神はご覧になって、そこから救い出そうとしておられます。



 
 
神のものとなっても、それだけではまだ輝きを失っています。
神は命を与え、神との交わりを通し、神と共に生きることで、訓練し、磨きをかけてくださいます。
すぐに輝けるわけでもありません。
神と共に歩む中で、磨かれていきます。



 
困難や課題を、私たちはよくないものと考え、喜ばしいこととは思えません。
しかし、避けられない苦しみは、歴史の中でなんども繰り返されてきたものです。
ないほうがいいに決まっているけれど、人生の営みの中で、苦しみのない時代はありませんでした。
それは尽きることがありません。
困難があることが問題なのではなくて、困難が起こった時に、労苦し、励ます人がいないことが問題です。



 
 
「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
ローマ5:3〜5



 
 
一見価値のないように思われる試みも、それを真正面から受け止めましょう。
「なぜ?」
と言っているばかりではなく、忍耐と労苦をするときに、それは品性と希望へと支えられます。



 
 
私は震災を通して諸外国のクリスチャンとの絆を教えられました。
地震発生の2日後に、私は海外の教会に手紙を送りました。
すぐに返事が来て、応援を約束してくれました。
人も、義援金も送ると。



 
アジアからすでに数百名がボランティアに来ています。
千葉県にある団体の拠点があります。
そこに、休暇を取って自費で来てくれているのです。
ボランテイア団体の多くは今では撤収しています。
しかし、アメリカのTouch Globalという災害救済を専門にしている部署の責任者であるマーク・ルイスという方は、日本に移住して、少なくとも5年は住んで貢献したいと言っています。
彼はその前は、ハリケーンのカトリーナで被災した地域に住んでいました。
そこに住んで、復興の働きを助けてきた方です。
その地に住んで、復興の働きを助け、教会を作るだけでなく、人々が立ち上がるために、真剣に労苦しています。



 
 
ボランティアのギルバートさんは
「(ボランティアとして)決まった仕事があるわけではない。」
と言います。
来週何をするかもわからない。
その時に必要なことに応えていくと。
6月から住み着き、いろんな団体と交流しながらリサーチしているそうです。



 
 
アジア地区のリーダー、カール・ラーさんは、息子を6ヶ月休学させて、被災地に送りました。
学校を休んででも、被災地を助けることが優先だと判断したのです。



 
こうした本気の取り組みを、私たちは受け止めなければなりません。
 
主は、ひとり子を遣わして、「本気」を示されました。
主が私を大切にしてくださると気づくとき、命のつながりが見えます。
神は遠くで下界を見下ろしているのではありません。
その愛を受け止める時、自分の内に輝くものを見つけます。
それは他の人との比較ではありません。



 
私の経験すべてが輝くものに支えられていきます。
ある体験は、そのままでは闇かもしれませんが、
「あの時の失敗があったから、今の私がいる。」
ということがわかるようになります。



 
 
神学校で学んでいるときです。
まだ長男が赤ちゃんの頃です。
教会の週報ボックスに、封筒が入っていました。
その中には献金と共に手紙が入っていました。
「祈っている時に示さました。
継続して祈るようにと示されたので、卒業するまで祈ると主に約束しました。
その約束を守るため、毎月支援させてください。
返事は一切いりません。
学びに専念してください。」
と。
その方の息子さんが私と同じ歳で、神学生の苦労をよく分かっておられました。
ちょうどピンチの時に、封筒が入れられていました。
そして、約束通り、卒業するまでそれは続けられ、最後の手紙にはもちろんお礼の返事を書きました。



 
 
「苦しみはないほうがいい。」
それはそうでしょう。
しかし、避けられないなら、その中にある価値を見出すことが大切です。
震災は起こってしまいました。
どうやってこの課題に取り組むか、何ができるか、を考えるなら、神のわざを行うことができます。
神は私たちにそのようないのちを与えてくださいました。
周りの環境に左右されず、向き合えるように。



 
 
御子を与えるほどに愛してくださる方がいます。
御子を通していのちを与え、本来の輝きを取り戻せるようにしてくださいました。
私たちはその途上にあります。
磨かれることで輝きます。
「なぜ」か理由がわからないことは多いのです。
しかし、神を信じて、今できることを通して真剣に生きていくなら、磨かれ、成長し、本来ある輝きを取り戻すことができます。
困難ななかに主がおられます。
そこにも神の御手があると受け止める時、いのちの水が流れ出ます。
世の光、地の塩としての使命を果たしていきたいと思います。



ゆうちょのボールペン♪

こんなボールペンを入手いたしました。
 
Dsc_0223
 
白くてロゴがしっかり書かれていますね
 
これを裏返すと・・・
 
Dsc_0226
 
ノックするたびにカチャカチャと回転する窓があります。
 
 
なんか、コレを思い出しますね〜
 
D33
 
そして・・・
 
 
 
 
何度か回すと・・・ 
 
 
120121_104501
 
たける兄さんの登場で〜す
 
例によって知人に譲ってもらったものなので、何をするともらえるノベルティなのかよくわかりませんが、ゆうちょで聞いてみてもいいかもしれませんよ



湯たんぽ後日譚

前に湯たんぽのことを書いてから約3週間。
その後どうなっているのでしょうか・・・
 
 
 
もっくんのちっちゃな湯たんぽは、お父さんがせっせとお湯を入れて準備してくれてます。
 
りーちゃんは・・・
 
 
脱落しました〜
 
いちいち湯たんぽを運ぶのがめんどい!
まあね、今でもまだ私と枕を並べて寝てますので、十分暖かいということもあるのでしょう。
途中で暑くなって蹴飛ばしたりしてましたしね
 
 
 
そして、りーちゃんよりもめんどくさがりのふーみん
 
なんと、まだ続いております。
ベッドに一人なので、寒いんですよね。
しかし、毎日毎日
「お湯入れるから、早く湯たんぽ持ってきてよ〜
と、私からもおばぁちゃんからもうるさくうるさく言われて、かなりイラついていました。
 
湯たんぽに入れるお湯は、料理している時から石油ストーブの上にヤカンを放置して自然に沸くのを待っているんです。
一度沸いてしまったら、できるだけ早く入れてしまわないと、お湯が蒸発してどんどん減ってしまいます。
しかも、キッチンが相当暑くなっていたり、もう後片付けも終わって早くストーブを切りたいと思う頃になっても、なかなか持ってこないんですよ
だからついつい口うるさく言っちゃうんですよね。
そもそも朝2階から降りてくるときに一緒に持ってくればいいだけの話なのに・・・と思うわけですよ。
 
ところが先日、例のごとくせかしていたら、
「もう!『今日こそは言われる前に持ってこよう』と思って、今立ち上がるところだったのに!!!!!
やる気なくした〜〜〜
とふーみんがブチキレました
もっとも、ふーみんはそれなりに大人になってきてるので、マジギレなわけでもないんですが。
 
私も身に覚えがありますとも
ちょうどやろうと思ってる時に親に言われる、あのイライラ
 
一方、おばあちゃんにも言い分があるわけで・・・
「そんなんやったら、二度と言わん
寒いやろうと思って言ったっとるのに。
もう知らんで
「もうしらんでいいわ。
二度と言わんといて!!!」
そこで、私
「いいよいいよ。放っとこう
絶対言わないようにしようね。
おばあちゃん、今度『湯たんぽ』って言ったら罰金1万円ね
「うんうん、そうして
「ええわ。そんなら。1万円払いたないで、言ったれせん寒ても知らんで。」
「絶対だよ!!!もし言ったら1万円ねw」
 
それが、2,3日前のできごと。
その後どうなったかって?
 
「まだ持ってきとれせん?」
「おばあちゃん、言っちゃダメだよ。罰金1万円だからね
なんてしゃべってると、いつの間にかキッチンの入口に湯たんぽが置いてあったりしてね
ほんとに、人間っておかしな生き物ですよね。
天邪鬼っていうのかな。
こうして少しずつ、大人も手を離していかなきゃいけないし、ちゃんと子どもも成長してるってことですよね

プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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