another どんぐり♪

いえね、西宮でひとさんと、
「あの黒いどんぐりはどのブランドなんだろう?」
っていう話になったんですよ。
ひとさんは
「チェーンじゃなくて、革ひもだったし、どんぐりの上にT字型の軸があった。」
っておっしゃるんです。
「ぜひ黒を買いたいから、ネットで検索してみます。」
とも言われてて、私も気になってきました。
 
実は私は黒いどんぐりの記憶があまりなかったんですよ。
で、数日後
「ひとさん、見つけられたかな〜。
とりあえずどんなものか調べてみよう。」
と、確認しようとしたのですが、すでにWITHはアクセスできず。
きっとファンのだれかがネット上に足跡を残しているに違いないと考えて、
「佐○健 どんぐり ネックレス」
で検索してみました。
したら、BINGO
その方はブランド名までつきとめていてくださったので、今度はそのブランド名で検索。
 
出てきました。
お高いです
迷いましたとも
しかも残りが2個と書いてある。
はたしてひとさんはもうGETしたのか
早速ひとさんにお知らせして・・・・・・・
 
 
 

ちゃっかり私もポチってしまったのだった
 

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もちろん家族には内緒。
タンスの片隅にしまってあります。
いつ日の目を見るのであろうか・・・

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夕焼け

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その2分後・・・
 
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赤いような、ピンク色のような、紫のような、青のような、オレンジ色のような・・・
なんとも言えないクラデーション。
あまりにきれいだったので、車を停めて写メりました。

寒い!!

今日はとっても寒かったです><
天気予報ではもっと気温が上がりそうだったのに。
曇っていたせいか、冷え冷え。
職場はまだ暖房が入ってない部屋もあって、たまりませんでした
お日様ってありがたいね。
 
そうそう、土曜日にタイヤもスタッドレスに替えました。
まだまだ冬はこれからが本番。
でももう服は最上級にあったかバージョンなので、先が思いやられます

11月20日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 20章 19〜23節
「あなたがたを遣わします」
 
先週の月曜日から金曜日まで、前半は協議会総会、後半は仙台・石巻の教会へ行ってきました。
仙台では、復興支援の基盤作りのための話し合いをしました。
まず、仙台教会の近くにボランティアセンターを作ること。
そこで宿泊してボランティア活動をできるように、また、物資保管に利用します。
また、石巻では、借地借家である兄弟団の教会を、教派の異なる4つの教会が協力して買い取り、「石巻クリスチャンセンター」を作ること。
この件について木曜日、4者で合意しました。
兄弟団の名義で購入し、超教派の施設を作るのです。
中には批判や不安の声もありましたが、私たちは決断しました。
兄弟団の教会も喜んでくれています。
根も葉もない批判を恐れず、教会を助けること、神の業が進むことを願っています。
これらの二つの拠点をもとに、定期的に人を送り、長期の復興に当たりたいと思います。
 
さて、今までの聖書の流れをふり返ってみましょう。
イエスが十字架の死を遂げ、アリマタヤのヨセフたちによって墓に葬られ、マリヤたちが墓地に向かいました。
そこで空の墓を見つけ、二人の御使いがマリヤにイエスの復活を告げました。
そしてイエスご自身がマリヤに声をかけて、復活されたご自身を示されました。
求める者、捜すもの、叩く者は見出すのです。
マリヤは探し求めて復活のイエスに出会いました。
そこに感動があります。
 
結論を急がずに聖書を読みましょう。
自分の経験として、イエスとの交わりを深めましょう。
13番目の弟子として、私たちも弟子たちと一緒にいます。
弟子たちは「復活した」という話を聞いても、まだ恐れの心がありました。
このギャップが大切です。
 
頭ではわかります。
しかし、生活の中には恐れが残っていて、しっかり根を下ろし、嵐の中で平安を得るには、御霊の働きが必要です。
ぬぐい去れない不安や恐れに、私たちは苦しみます。
弟子たちもそうでした。
 
「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあった・・・」
20:19
 
「もしかすると自分たちにもユダヤ人の手が伸びるのではないか?」
弟子たちは、人目を避けて隠れていました。
とても復活を喜んで受けとめていたとは思えません。
イエスと触れ合ったことが、自分の人生に変化を与えるほどではなかったのです。
み言葉を聞くだけでなく、実行することが大切だというのは、このことです。
 
新しい使命のためには、恐れの心から解放されなければなりません。
戸をあけることが出いない弟子たち。
そこに、イエスはやってきました。
イエスが語った言葉はなんでょうか?
「こんなに長く一緒にいたのに、なぜわからないのか!?」
とは言われませんでした。
 
「イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。『平安があなたがたにあるように。』」20:19
 
学んで、分かっているけれど、「現実」に苦しむ私たちに、イエスは責めないで「平安があるように」と語ってくださいます。
 
新しいことを始めようとすると、いろんな意見が来ます。
そして迷います。
意見を聞かなければ迷わないでしょう。
みんなを大切にしたいから迷います。
恐れではなく、平安の心で「だれに従うのか」を考えます。
神のみ声を探す期間です。
その間に、気付いていなかった課題を示されます。
最終的な結論は、最初の計画とは違っています。
それは、いろんな人の意見を聞きながら決めるからです。
 
「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ29:11
 
災いではなく、平安のメッセージです。
十字架は痛み、苦しみでありますが、神との交わりを開くものでした。

「そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。・・・』」20:22
 
聖霊はみ言葉を思い起こさせてくださいます。
そこから平安がきます。
 
イエスは弟子たちが信じられるように、復活の証拠を示されました。
手とわき腹を。
 
「わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。」ルカ24:39
 
さらに、食べ物も食べられました。
復活が事実であることを確認できるようにしてくださったのです。
私たちが復活を信じるのも簡単なことではありません。
「確かに主が私を愛しておられるのだ。」
と実感できるように、主は示してくださいます。
そこから平安を得ることができます。
 
「信じられない」ことがいけないことではありません。
主はそれを責めるのではなく、うけとめられるようにしてくださいます。
その平安を受け入れられれば、使命に向かうことができるようになります。
「イエスはもう一度、彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。』」
20:21
 
受け止めるべき使命。
それは宣教の使命です。
これは光栄なことです。
私たちは、救いをいただいただけでなく、使わされています。
父が子を遣わしたのと同じように、子が私たちを遣わされています。
その土台は平安な心です。
平安がなくて、どうして平安を伝えることができるでしょうか。
 
「信じるときに、何ものも奪うことのない永遠の命と、神の子としての立場が与えられている」
これを明確に受け止めれば、不安を乗り越える平安を手にすることができます。
平安があれば、神の国のために労することができます。
 
「リーダーになる」ということには使命があります。
決断して、行動を起こすには不安が付きまといます。
それは、決断の結果が問われるからです。
「主の御心にかなう」という平安な心がなければ決断は難しいものです。
何もしなければトラブルは起きないでしょう。
責任を取る覚悟、とは、すなわち主の前で、「神の心にかなう」と言う責任です。
真剣に考え、祈り、様々な可能性を考えます。
イエスは「十字架の杯を取りのけてくださるように」と祈りました。
そして、「主のみこころならば」と従う決断と平安を手にしました。
 
主は私たちひとりひとりを救い、神の民としてこの世に遣わしてくださいます。
私たちは何をすべきでしょうか。
それは「生きる」ことです。
クリスチャンとして、生きることです。
戸を閉めないで、隠れないで、胸を張って、生きること。
語れなくても、生きることが宣教の礎となります。
そのためには平安が必要です。
 
クリスチャンとしての誇りとはなんでしょう。
「クリスチャンになってよかった」と思っていますか?
確信に基づく平安がありますか?
それがあれば、そこに立ち返る時、揺るがない人生になります。
ここに救いのすばらしさがあります。
病気が癒されたり、長生きしたり、問題が解決することはすばらしいことでしょう。
しかし、もしそれらが解決しても、別の問題が来ます。
そして、人生に終わりはいつかきます。
それでも私たちには揺るがない平安があるのです。
主が私を選ばれたのだから、負うべき重荷を負っていきましょう。
喜びをもって生きることが、証になります。
クリスチャンになったらすべてうまくいく・・・わけではありません。
失われない平安の中に立ち続けることができきること。
人々にもその平安をすすめることができること。
それがクリスチャンです。
弟子たちは平安をもち、戸をあけて、福音を語るようになります。
同じ平安をもち、使命に応えていきましょう。



そして、完成!

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和室の床の間ですけどね
ふーみんが生まれた時に買ってから、毎年飾っているから、もう20回目になりますね。
いつまでも小さい子がいるから飾る気にもなれます
少なくとももっくんが小学生のうちは・・・ね

本日のテーマ

2日お仕事して、またお休みが巡ってきました
さて、今日のノルマは、
 
?いいお天気なので布団干し
 
うちはお恥ずかしいことに万年床。
なので、お布団を干さないと、なかなかお掃除が行き渡らず・・・
よくまあうちの子たち喘息とかのアレルギーにならなかったものだと、神さまに感謝したいほどです。
ってことで、ついでのノルマ。
 
?寝室のお掃除
 
まあ、掃除機をかけるだけです
 
?クリスマスツリーを出す
 
これがまだできていません
かつてなら、
「ツリーだすよ〜
と声をかければわらわらと子どもたちが寄ってきて、あっという間に飾り付けができたのに。
ふーみんはショッピング。(自分へのクリスマスプレゼントを買いに
りーちゃんはテスト前なので勉強
もっくんはお友だちの家に遊びに行ってしまいました
 
はあ、、、一人で出してノルマクリアしますか


ライブチケット♪

いよいよ来週の土曜日です♪
→Pia-no-jaC←の名古屋公演
テスト明けのりーちゃんと行く予定です
 
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行こうと決めたのが遅かったので、2階のうしろのほうですが、音楽が聞けて同じ空気が吸えればOK
一度カホンという楽器を生で見て、聴いてみたい!
エネルギッシュなピアノを浴びたい!
楽しみだなぁ
楽譜とかあったら買っちゃうかも。
私は弾けませんけどね
 
当日はもちろんPFを履いて行きますよ


休日

週の途中にある祝日って、連休よりもうれしい気がします。
だって、あと2日仕事に行けばまたお休みが2つある
 
そんな「勤労感謝の日」。
やろうと決めていたノルマはどうにかクリアできました。
 
その1
「衣替え」
今さら〜〜〜〜[なんですけど。
寒い日がくると、ぼちぼち1つずつ出しては着ていたのですが、やっとごっそり入れ替えをしました。
お姉ちゃんたちは自分で勝手にするので、もっくんのもので着れなくなったサイズのものを整理。
ずいぶん大きくなったなぁ・・・と思います。
そして、冬用のズボンを買ってやらなくちゃ!
 
その2
「部屋の整頓」
なんていうか、足の踏み場もなかったんで
一因は期末テストが近づいてるりーちゃん。
居間に勉強道具をもちこんでは、床に積んでいくのでそこらじゅうに散らばってて
いちおう片付けてはみたけれど、まあ、あっという間にもとの黙阿弥でした
 
その3
「ハイカをETCに付け替える手続きをする」
車を買い替えるときに、車内をすっからかんにしたわけですが、なんと、どこからかハイウェイカードが出てきたのです。
しかも1枚は未使用
「え〜なんてもったいない!」
と思って調べてみると、ハイカをETCカードに付け替えることができるというじゃないですか
で、用紙をダウンロードして、いろいろ記入し始めましたが、ETCのカードNoだの車載器のNoだの、いろいろと書かなきゃいけなくて、でも書類を車に取りに行くのが面倒で
ついつい先延ばしにしていたんです。
ゆとりのある今日、やっと準備で来ました。
3週間ぐらいで手続きが完了するそうです。
なんか嬉しい
 
今日はそんな平凡な1日でした。

HTハイタッチ会@西宮

もう昨日のことなんですね・・・
昨夜は疲れたのかなんと、8時半には寝てしまいました
あのまま夢から覚めたくなかったなぁ・・・
 
とにかく!
今まで経験してきた「接触」系イベントのなかではもう最高のイベントでした
このハイタッチ会に誘ってくださったひとさん、ほんとうにどんなに感謝しても足りません
 
さて、本題です。
まず、予定時刻の参加者全員が前もって会場のスタンド席に並んで座ります。
 

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これがそのスタンド席から下を見下ろしたところ。
この、パーティションで仕切られたところにある白いテーブルクロスのかかった机の向こうにお二人が立つんです。
で、下の列から順番にお二人の前に進んで行き、ハイタッチ・・・という段取りです。
すなわち
自分の番が回ってくるまでず〜〜〜〜〜〜っとHTのふたりを見ていられるという
これほど贅沢なイベントがかつてあっただろうか
これはうしろの順番の人が圧倒的にお得ですよ。
私はちょうど中ほどでした。
それでも、おふたりがファンのひとりひとりに丁寧に対応している様子
(そして背後に立ったスタッフさんがファンをひとりひとり引き剥がしていく様子)
をじっくり見ることができて本当に幸せでした。
 
さて、現地に着いて、ちょっと迷いながらも無事こいもさんと合流。
待つ間一緒におしゃべりして過ごしました。
なんかテンパってる私にひきかえ、こいもさんは冷静でちょっと恥ずかしかったです
 
14時半のお客さんが並び終わって時間がくると、お二人の登場〜
佐藤さんは剣心ヘアで、モフモフの茶系のいろんな色が入ったカーディガンを羽織っていました。
三浦さんは・・・ごめん
目の前にあの二人がいる・・・
キラキラ輝いて。
ひたすら見とれるのみ
で、ごあいさつ。
 
「先ほどの回とは違って日が射してきました。」
「さっきは曇ってましたけどね。」
「ぼくが外でイベントをするときは雨が降ったことがないんですよ。」
「そうなんだ。」
 
みたいな、くつろいだなごやかトークのあと、ハイタッチが始まって、いろんな人が二人の前を通っていきます。
二人はにこやかに、ファンの声を聞き、要望にこたえてくれています。
頭なでなでとか。
ほっぺツネツネとか(←こいもさん
小さい子どもにはかがみこんで手をつないであげたり。
 
「ハイタッチのみのご協力をお願いします」
というスタッフさんの呼びかけには半分耳を閉じて、みんな手をニギニギしてもらっていました。
 
で、私ですが。
三浦さんには
「応援してます!がんばってください!」
と、軽〜くハイタッチ
こいもさんが終わるや否や佐藤さんに飛びつこうと、身がまえます
そして、
佐藤さんの手が空いたら、すかさずぐわしっと指をからめて、お話しました。 
 
 
ほんの一瞬だし、言いたいことはたくさんあるけど。
応援しているってことも、大好きってことも、体にきをつけてってことも、剣心クランクアップお疲れ様ってことも、全部言いたいんだけど。
なんて言おうか、迷いに迷って・・・ 
 
 
 
「3キロダイエットしましたほめてください
 
 
 
って。。。
 
バカです。
ごめんなさい
 
そしたら、佐藤さんは
「がんばってください。・・・あ?・・・え?」
って
 
きっと一瞬何言われたんだかわかんなかったんでしょうね。
で、リアクションに困ったんでしょうね。
で、ちょっと言い間違って、あわてちゃったんでしょうね。
ごめんなさい
でも、手を離す寸前に、
「おめでとうございます
ってちょっとあわてたような表情で言い直しながら、ず〜っとこっちを見ててくれて、超うれしかったです
 
タッチが終わってからグッズを買いました。
 
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このほかにもポスターとクリアファイルも。
この後、ひとさんとも合流。
そう。
ひとさんとは、東京で一度ニアミスしていたのでした。
やっと感動の「初めまして」な再会。
DVDを受け取ったりお土産を受け渡ししたりして、ハイタッチ会場の裏手から時々見える佐藤さんを眺めたり、お互いに「あの時声をかけていれば・・・」なんておしゃべりしたり。
ほんとに楽しいひと時でした。 
 
今までの握手会&ハイタッチ会は書店の店舗の内外で行われていたため、他店の邪魔にならないように・・・ということが優先で、始まる前も終わった後もゆっくりしていることは許されず、お姿を見られるのもほんの数分でした。
西宮は屋外ステージが会場なので、こういう贅沢が許されたんですね。
終わってからも、お友だちとゆっくりできたし、二人が会場を出て楽屋(?)にさがっていくのを見送ることもOKでした。
ぜひまたこういう、ゆったりと、佐藤さんを満喫できるイベントをしていただけると嬉しいです。
やっぱり流れ作業じゃ寂しいよ。
 
私たちが会場を後にしたのは3時半過ぎだったと思います。
その頃にはすでに外はかなり肌寒くて。
おそらく5時半の回はそうとう冷え込んだのではないでしょうか。
お二人も、参加者のみなさんも風邪をひかなかったか、心配です。

というわけで、ハイタッチ会の簡単レポでした〜

11月13日 聖日礼拝

創世記 32章22〜32節
「恐れてはならない」
                      村井義信神学生
 
礼拝とは、神を喜ぶことです。
しかめつらをしないで、恵みを数えるときにしたいと思います。
私は今神学塾で学んでいますが、半年ほどこの箇所から学んでいるので、そこから得たことを分かち合いたいと思います。
 
先週、水木と仙台教会へ行ってきました。
4名で石巻に物資を届けてきました。
今週いっぱいマイクロバスを借りているので、牧師も今週そのバスで東北に向かう予定です。
石巻には仮設住宅260世帯にやく1000人の方たちが住んでいます。
その公民館を借りて物資を配布しました。
また、コーヒーサービスやビンゴゲームなどもしてきました。
 
今最も必要とされているのは毛布です。
他に衣服、米も持って行きました。
軍手もたくさん。
東北は寒いです。
仮設住宅は、とても冬を過ごせないようなプレハブです。
毛布1000枚が15分でなくなりました。
来られたのはお年寄りがほとんどでした。
平日の昼間ということもありましたが、やはり年寄りには不安があります。
家を流された人がほとんどで、ローンはあるのに仕事はありません。
避難所では物資の支援を受けられますが、仮設に入ると自分で生活しなければなりません。
一人暮らしの人も多いのです。
 
物資を配布していると、社会福祉士会の方が二人訪ねてきました。
その方たちは一軒一軒訪問してケアをしているそうです。
いろんな人がかかわって被災者を助けようとしています。
被災者の方は、物資もさることながら、人と人とのつながりを求めています。
そここそ、教会が一番しなければならないところです。
しかし、人手が足りません。
仙台教会のメンバーも、活動しているのはいつも同じ方で、疲れています。
疲れているのに頑張っています。
障がい児を抱えながら、奉仕している女性がいます。
失業中の男性もいます。
年配の女性が多いです。
 
物資も半分有難迷惑な面があるようです。
配布するまでの仕分けが大変なのです。
物以上に、人が交替で助けにいくといいと思いました。
 
ギルバート宣教師が今一見の大きな家を借りようとしています。
無料で借りられるのですが、修理が必要です。
ボランティアが要ります。
この家を借りることができれば、直接ここに物資を贈ることができます。
仙台教会は物資で一杯な状態なのです。
 
瓦礫は撤去され、道もきれいになりましたが、生活は変わっていないと実感しました。
 
さて、生きていると不安や恐れとの闘いがあります。
健康・人間観英・勉強のこと・いじめetc.
内容は変わっても、その闘いは生涯続くのかもしれません。
 
今日の聖書の箇所で、ヤコブが抱えていた問題も「恐れ」でした。
イサクの次男として生まれましたが、策略をめぐらして長男のエサウから長子の権利を奪ったヤコブ。
エサウはヤコブに怒り、ヤコブはエサウからの復讐を恐れて母の兄ラバンのもとに逃げました。
そこでほとぼりが冷めるのを待つこと20年。
「故郷にかえるように」という召しを受け、ヤコブは家族と全財産をもって帰っていきます。
その道中。
明日にはエサウに対面するというときのことです。
 
ヤボクの渡しで、ヤコブは恐れの頂点に達していました。
「家族まで殺されるのではないか?」
と思い、川を渡ることができませんでした。
そこに一人の人が来てヤコブと格闘しました。
この「人」は「潜在のキリスト」とも「神の御使い」とも「神ご自身」とも言われています。
いずれにしても、神の方から先にヤコブのところに来てくださったということです。
神を求めるとき、神が答えをくださる・・・もちろんそうです。
が、神が先にアプローチしてくださる、と聖書は教えています。
それが分かるかどうかが信仰の分かれ目です。
 
格闘の中で、ヤコブは祝福の約束を忘れていました。
ラバンのもとで財産も得て、それを自分の功績だと考えていました。
ヤコブは主に選ばれました。
しかし、主は足りないところを修正しようとされました。
ヤコブは神の祝福を受けうことに関してとても貪欲でした。
「押しのける者」という名前が表すとおりです。
闘いの中で、ヤコブはもものつがいをはずされます。
そして、新しい名「イスラエル」をもらいます。
それは「神と闘った者」という意味です。
そして、「神の人」はその場でヤコブを祝福しました。
 
不安、恐れ、問題は尽きませんが、そこで神に信頼するのです。
主は「そばにいることを忘れないでほしい」と望んでおられます。
ヤコブにとって、「問題」は変わりませんでしたが、祝福されたことで、「主がそばにいる」という確信を得ました。
だから
「ヤコブ自身は、彼らの先に立って進んだ。」33:3
のです。
状況は変わらなくても、彼が変わりました。
勇気を得ました。
 
「自分だけがこんな問題を持っている。」
「人はわかってくれない。」
「先が見えない。」
これらが恐れの原因です。
 
数年前妻が脳腫瘍になったときのことです。
いろいろと悪いことばかりを考えました。
悪性だったらどうしよう・・・と不安でした。
そんなとき、医師から説明を受けました。
今まで何例も同様の手術をしてきていること。
リスクはあるけれど、希望もあるということ。
その説明を聞いて、「先が見えた」ことで安心できました。
状況は変わらなくても、です。
恐れがなくなり、前向きになりました。
 
「神に頼ればいい」と、私たちは知っています。
多くの人は知らないのです。
ヤコブの問題は、エサウではなく、そこに神が見えなくなっていたという点です。
主はどんな時も「私がここにいる」と語りかけてくださいます。
 
ある先生が「神の祝福は、クリスチャンが先にもらえるか、それともまだクリスチャンでない人が先か?」と問いかけました。
どちらの祈りが先に聞かれるでしょう?
私たちは「信仰深い人の祈りがきかれるだろう」と思います。
しかし、その先生は「まだ神を知らない人の祈りを聞かれる」というのです。
「クリスチャンは、もう大丈夫だから」と。
クリスチャンでない人は、頼るべきところを知りません。
だから、真っ先にそういう人の祈りを聞かれると。
 逆に、信仰深い人のハードルは高いのです。
 
東北にも、身近にも、主が救おうとしている人々が大勢います。
自分のことは大丈夫。
犠牲を払って働いている人が救われて、週の見ての中で安心できるように祈っていきましょう。
行って、参加して、共に奉仕しましょう。
使わされた場所で、意識を持って働きましょう。
「神の祝福」=「何かもらえること」「よいことが来ること」
と考えている人は多いでしょう。
しかし、「神が共にいる」ということを知るのが最大の祝福なのです。
 
「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。」ローマ8:31
 
「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」
「しかしそのことは、わたしが父を愛しており、父の命じられたとおりに行なっていることを世が知るためです。立ちなさい。さあ、ここから行くのです。」
ヨハネ14:27,31
 
私たちの人生はイエスが共にいる人生。
イエスが先を歩いてくださいます。
励まし合って進みましょう。



プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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