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新車!

土曜日、新車が届きました
 
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前の車はもっくんが生まれた頃に買ったので、約9年乗ったことになります。
同じノアなので、割とすぐに慣れました。
 


でも、様々な点で新機能が
 
タントでもすでにそうだったんですが、キーを持って近づくだけでロック解除。
車を離れるとロック!
今は標準なんですね
 
エンジン掛けるのも、キーを回すんじゃなくて、ボタンを押す
カーナビの解像度も上がってるし、リアビューモニターもくっきり綺麗!
ETCもついてるらしい。
まだカード買ってないですけどね
後部のスライドドアはもちろんオートクロージャー。
 
なんかどんどん便利になりますよね。
子どもたちに
「昔は窓を開けるときに、ぐるぐると手で回したんだよ。」
と言ってもイメージがわかなくて、
「鉛筆削りみたいに、ハンドルがあって・・・」
と説明したことがありますが、車のキーも過去の遺物になるのかなぁ。。。
 
さて、フロントパネルの各種メーターもスタイリッシュ。
片隅に、常時その瞬間の燃費が表示されているんです。
よく「書くだけダイエット」とかあるけど、「表示するだけ燃費」
これだけで、メッチャ燃えますよ
いかにやさしく発進するか。
いかにアクセルを踏まずに赤信号まで流すか。
長い信号待ちではアイドリングストップまでして、11.4km出ました
そんな話をしたらダンナに叱られました。
「エンジンは切るな!」

 
ま、そんなわけで、やっぱり新車はいいね〜


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10月23日 早朝礼拝

ヨハネの福音書 20章 1〜10節
「無知の知」
 
私たちは成長する中で経験し、学びを通して知恵や知識を身につけます。
テレビ、インターネット、新聞などのメディアによって、世界中からニュースが伝わり、また世界中に広がっていきます。
最近ではカダフィ大佐の死亡についてのニュースがリアルタイムで入ってきました。
 





私たちは学ぶことができます。
しかし、ある程度のことを知ると、
「自分は知っている」
と思ってしまいます。
しかし、そんなときは、実は知るべきことも知っていないのだと聖書は言っています。
「まだ知るべきことがある」
ということを知ることこそが真の知識です。
 
学者は、自分の研究分野について詳しい知識を持っています。
しかし、一つ知ると、まだ知らなかったことが無限にあるということがわかるのだといいます。
たとえば、「ヒトゲノム計画」というプロジェクトがありました。
ヒトの遺伝子配列を解明するというもので、今ではその配列がわかっています。
しかし、その配列がどのように相互に絡み合っているのか、はまだ分かっていません。
一つのことが解明されると、さらに知るべきことが明らかになるのです。
私たちの生涯で身につけ、経験できるのは、全体の一部にすぎないという謙虚さを学ぶべきです。
 
さて、今日の箇所は、復活の朝です。
 
「そのとき、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいって来た。そして、見て、信じた。」20:8,9
 
ふたりの弟子が墓に駆けつけました。
そして、後から来た者は「見て信じた」とあります。
では、何を見て、何を信じたのでしょうか?
「亡きがらはなく、捲かれた亜麻布が置いてあるのを」見て、「マグダラのマリアが言ったこと=イエスの体がなくなっている」ということを信じたのです。
決して、「復活」を信じたのではありません。
マリアの証言が嘘ではなかったと信じたのです。
目の前に起きていることを見て、事実だと信じたにすぎません。
この事実が何を示しているか、どんな意義があるか、進行の視点で見ることはできませんでした。
 
それは、
 
「彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである。」20:9
 
イエスは何度も話しておられたのに、まだ理解してませんでした。
聞いてはいたけれど、実感を持って受け止めることができていなかったのです。
イエスの死の意味も理解していませんでした。
私たちも、学びはするけれど現実の生活に結び付かないことがあるのではないでしょうか。
神の視点でものを見ることができない・・・これこそが「無知」です。
人生の喜怒哀楽の背後にある、神の業を見て信じることにかけているのです。
 
弟子たちはイエスから直接話を聞いていたのに、空の墓を確認すると「帰って行」きました。
人生の出来事。
震災。
津波。
職や財産が奪われ、家はあっても放射線のせいで戻れない。
「なぜ?」
と思います。
背後に働く神の業を見ることに養われる必要があります。
み言葉を現実と結びつけることです。
 
「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」14:26
 
わからない時には、「なぜ?」という問いから始めましょう。
み言葉を思い起こさせてくださる聖霊が、御心を教えてくださいます。



お久しぶりです(^^;

御無沙汰しています。
実は風邪をひいて寝込んでいました。
 


木曜日は朝から喉が痛くて、大きな声が出せず、青息吐息で仕事をこなしました。
午後手が空いたところで医務室に行って熱を測ってもらったら、37,3℃。
周りにうつしてもまずいので、もう早退してさっさと帰りました。
 
帰宅するとさっそくコンタクトをはずしメイクを落としてパジャマに着替え。
ふとんに入るなり爆睡〜
夕食は食べる気になれず、ゆどうふを2切れだけいただいてまた睡眠。
その頃が熱のピークで、38,7℃ぐらいあった時も。
ピグライフのお世話はもっくんにまかせてひたすら寝ました。
 
金曜日。
朝はほぼ平熱に下がっていましたが、まだ食欲なくてバナナヨーグルトだけ。
全身がだるくてとても仕事には。。。
半年ぶりぐらいで休みました。
 
もともと私は持病の薬以外はできるだけ飲みたくないので、風邪では医者にかかりません。
熱はウィルスを退治するための体の防衛反応だから、下げてはいけないし、抗生物質はウィルスには効かないから意味がないし、風邪にはねるのが一番だからです。
しか〜し!前に療養休暇か年休かでもめた経験があるので、今回はぜひとも医者行っておこうと密かに決意を固めていました。
医者に行ったという証明がなければ療養休暇にはできないと上司が言うからです。
部下の体調を注意してみてれば、体調が悪いことぐらいわかるでしょうに・・・と思うんですが。
ま、とにかく、医者に行くとして、病気中は運転が不安。
 
そうだ!
ちょうど学園祭でふーみんは大学が休み!
「ねえ、病院に連れてってくれる?」
と聞いてみたら
「いいけど。」
と言ってくれました
 
そんなわけで、ふーみんの運転で医者に行き、飲む気のない薬をもらって、帰ってくる頃にはちょっと空腹感が・・・
そしたらふーみん、
「卵焼きつくってあげようか?」
って、かいがいしく料理までしてくれて
 
風邪は辛かったけど、娘のやさしさに癒されて、幸せ気分を味わわせてもらいました。
ありがとう


鮎食べてきました♪

今年も恒例の鮎を食べてきました
毎度お馴染の「岡部やな」。

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義弟家族と合わせて11名の団体さんです。
双方ともに長子が大学1年生。
だんだんと日程を調整するのが難しくなってきて、「今年は一緒に行けるのか?」と思いましたが、どうにか全員揃いました。
 
ここに来始めて20年ぐらいになるかも。
少しずつ値上がりして、今年は3,000円でした。
子どもたちも大好きで、年長の子ほど、きれいに骨だけ残して平らげます。
その内容は・・・
 
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タレが粘っていなくてあっさりした甘露煮。
 
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お刺身。
 

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フライ
 
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塩焼き。
 
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田楽。
 
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雑炊。
 
まさに鮎ずくし!
これで3,000円は安いと思いますが、どうでしょう?
最初の頃はおしぼりも出なかったので、持参していましたが、今ではサービス向上しています。
また来年も全員行けるといいなぁ。

TAKERU TV

みなさん、9時に間に合いましたか〜?
私は「ベルさ」(←死語かな?)で帰宅。
光の速さで夕食を作り、7時には「いただきま〜す」に持ち込みました。
 


ちなみに今日の献立は
・アジの干物
・里芋と手羽元のオイスターソース煮
・春雨スープ
・ほうれん草のおひたし(昨日の作り置き)
・昨日の残りの鶏じゃが
・昨日の残りの肉みそ
・実家から貰った煮豆
 
ダンナはまだ飲んでたけど、さっさと食器を片づけ、ダンナの分は義母にお任せしてお風呂〜
15分前にはスタンバイ完了
 
佐藤さんの視線は今日も顔を見せない井筒さんに
でも、前回よりは進行がスムーズだったような気がします。
各種パネルで顔が隠れるのが残念
ていうか、スタッフさん、「タケルどんじゃら」を作る労力を、もう少し実りある方向に話を持って行くよう企画しませんかwww
まあ、この番組のゆるさにマッチしているのかもしれませんが
 
「抱き枕」に対する佐藤さんのコメントは、非常に冷静で、さすがだと思いました。
自販機の「お茶ふたつもいらない」発言も。
なんていうか、あおられて流されることなく、自分としての判断ができる人だなと。
 
生電話にはびっくり
次回もあるみたいだし、ドキドキする・・・ような、怖いような。
(↑他のファンの視線が)
 
お孫さんが生まれるというちょいはぴが妙にうれしかったステファニーでした

10月16日 早朝礼拝

詩篇 100篇 1〜5節
「喜びの声をあげよ」
 
今日は合同野外礼拝です。
南教会は、西教会の開拓によって生まれた教会です。
今では自立した群れを形成しています。
同じ親から生まれた兄弟が、一緒にそだつけれどもやがて独立した過程を作っていくように、南教会は独立しています。
しかし、兄弟が、事あるごとに集まるように、私たちもともに集まって礼拝をする機会を持っています。
 





神が私たちに望む願い。
私たちに期待していること。
「こうあってほしい」
と、親が子に対して期待を持つように、神も私たちに期待しておられます。
それは、礼拝への招きです。
普段の生活の場から離れて、聖別された特別な時間を持つこと。
それhが礼拝です。
礼拝の姿勢は「喜び」です。
喜びを表現すること・・・それが礼拝を貫くものです。
いつも喜べるような状況にはないかもしれません。
痛み、苦しみの時もあります。
 
「いつも喜んでいなさい。」(テサロニケ? 5:16)
 
と言われても
「そんなにいつも喜べない。」
と思うのではないでしょうか。
 
しかし、神の招きのメッセージをしっかり受け止めることが大切です。
私たちは感情に左右されやすいものです。
環境の状況に一喜一憂しやすいのです。
 
「私たちが主のものにされている。」
 
という信仰理解はすなわち、
「苦しい時でも奪われることのない、神の民という特権を奪われることはない。」
ということを理解することです。
持ち物は奪われます。
状況は変化します。
経済は、今円高と景気の悪化でめまぐるしく変わっています。
変わらないものを目に留めていくことが大事です。
変わらない土台、基礎が大事だからです。
 
?主が私たちを造られた
 
創造者である主を知っておく必要があります。
被造物には、作り手の目的や意味が込められています。
造り主を知るとき、自分の価値を見出すことができます。
 
?私たちは主のもの
 
何かが「私のもの」であるかどうかは大事なことです。
自分のものは自分で管理し、保つ責任があります。
 
教会では「恵泉ファーム」の働きをしています。
あるとき、忙しすぎて、ある畑を放置したままになっていました。
見に行ってみると、およそ90坪の畑が、背丈ほどもある雑草だらけになっていました。
「ネギがない!」
と叫びました。
よく探してみると、雑草のほかに自生のかぼちゃが這っていて、その下になって枯れかけていました。
この土地は地主さんからまた貸しで借りていました。
その貸主の方が亡くなって世話ができないというので借り受けていたのです。
ところがこの状態を見て
「草ぼうぼうにしておくなら返してほしい。」
と言われてしまいました。
私たちは、借りた者として、責任を問われました。
土地を有効に生かすために貸したのに、使う気がないのだとおもわれたのです。
 
私たちは主のものです。
主は私たちの人生があ荒れ果てているのを見過ごすことはありません。
私たちの人生が神の面子にかかわるからです。
 
私たちは主の民です。
王は国民のために労します。
神が私たちの責任を持ってくださいます。
目を留めていてくださいます。
放置するはずがありません。
実を結ぶ畑に変えてくださいます。
それを知っていれば、状況が好ましくなくても、きっと主が実を結ばせてくださると信じることができます。
 
?牧場の羊
 
羊は囲いの中で外敵から守られています。
主が私たちを養ってくださいます。
だから、讃美しつつ褒め歌を歌うことができるのです。
クリスチャンとしてよりよい人生を贈るために必要なのは「存在の理解」です。
その時に私たちは実を結ぶことができるのです。



シャロームカフェ♪

2,3か月に一度まわってくる教会の掃除当番。
7〜8人で一つのグループになっていて、都合のよい日に集まって掃除をします。
いつも私と3人の子どもたちは教会のスリッパを拭き、げた箱を雑巾がけする担当。
本当は明日の8時30分からに当たっているのですが、明日は義弟一家と食事に出かける予定が入りました。
なので、今日のうちにお掃除してきました
 


30分ほどでお掃除は終了。
いつもなら同じグループの方たちと食堂でお茶でも・・・というところです。
せっかくなので、いつも教会に行くときに気になっていた喫茶店に寄ることにしました。
その名も「シャロームカフェ」
 
実はこのお店、以前はフランス料理店でした。
その頃には2度ほど訪れたことがありますが、この不況でお店を閉じられたようで、しばらく店舗が売りに出ていたのを気にしていたのです。
最後にお食事した時の記事がこれ
もう2年以上前ですね。
 
さて、シャロームといえば、へブル語のあいさつです。
いかにもクリスチャンっぽいネーミングじゃないですか
おまけにお店の看板には青空に虹と白い鳩が描いてあります。
これは絶対教会に行ってる方が経営しているとにらんでいました。
 
で、少し前にいちごさんがブログで、このカフェに行かれたという記事を書いてらっしゃって、やっぱりそうだったかと納得。
それ以来一度行ってみようと思いながら、なかなかチャンスがなかったんですよ。
 
そういうわけで、初「シャロームカフェ」してきました。
 
もちろん「名古屋名物」モーニングセットもあります
 
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これに、トーストがついてて、これまた名古屋名物の小倉トーストを始め、5種類ぐらいから選べました。
りーちゃんはこのセットじゃなく、チーズケーキを注文。 
 

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サイズ大き目で素朴な味のチーズケーキでした
 
もっくんは・・・
ちょいとご機嫌ななめで、何も飲み食いせず
オーナーが気を遣ってくださって、帰りに「うまい棒」をお土産にいただいてきました。
 
レジのところでちょっとおしゃべりしたんですが、時々西教会の方も来られるそうです。
いちごさんも書いてらっしゃいましたけど、教会の外でクリスチャンとお会いできるのはとっても嬉しいものです。
これからも末永くお店を続けてくださいね

疲れたよ〜

祝日のないフルの一週間は長かった〜
やっと金曜日にたどりついたよ
 


来週のお楽しみは、月曜日のTAKERU TV
ちょいはぴニュースも送信したし、なんとか9時までに家事を片づけなくてはね
 
そうそう。
今日はもっくんに「ブイジャン」を買ってくるように頼まれて、ついでだからJUNON買ってきた
 
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でもね、HTのネタバレかも・・・って思うと中が読めなくて
11月20日までおあずけかなw
とりあえず、HT以外のページを見るとするか



おさがり

NHKホールで買ったタケフェスのクリアフォルダー。
りーちゃんにあげたのですが、最近別のファイルを使い始めました。
 


「おさがりでよかったら、使う?」
と、りーちゃん。
遠慮なく頂戴いたしました。
それ以来、職場での大切な癒しアイテムになっています


→Pia-no-jaC←

最近の通勤のお伴は→Pia-no-jaC←"First Best"。
 


力強く。
ゴキゲンでノリノリに。
切なく。
軽やかに。
嵐のように。
さざ波のように。
 
ピアノとカホンで奏でる曲は、私の心を揺さぶります。
 
出会ったのは、佐藤さんが出演していたPF-FLYERSのCM。
BGMとして流れる”THE ENTERTAINER"が実に映像とマッチして最高!
 
そして、40日間続いたプレミアムCMの最後にあの震災が起きたのでした。
音楽はいつも「時代」と切り離せないものだけど、まさにこの曲を聴くと、毎日CMを心待ちにしていたワクワク感と同時に、震災とその後のザワザワした思いがよみがえってきます。
 
アルバムを買って知った、そのほかの曲も大好きになりました。
 
今日はまた、何が心の琴線に触れたのか自覚もないのですが、運転しながら涙があふれてしまいました。
 
 
ちょうどふーみんが大学の課題で岡本太郎の「今日の芸術」を読んで感想文を書いています。
私にもぜひ読むようにと勧めてくれたので、読み始めたところです。
もう40年以上も前に書かれた本ですが、読んでいて、心の殻が破れていくような感覚を覚えました。
 
社会の歯車として毎日働く大人である、私。
この私が「本当の私」であるために必要なものは何なのか。
 
そんなことを考えさせられていたから、余計に→Pia-no-jaC←の音楽が響いてきたのかもしれません。
彼らが自らの魂の叫びとして発している音楽が、私と共鳴する。
そんな感じ。
 
12月にはライブに行く予定です。
とても、とても、楽しみにしています!




プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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