PF-FLYERS

見ました!
毎日変わるメイキング。
 


PF-FLYERS
CMは明日から?
とりあえず明日の分は予約した(^^)V
しかし、40日・・・ちゃんと毎日チェックできるかなぁ・・・
 
<追記>
そういえば、つい昨日サントリーほろったーの「スペシャル飲み会」を見たばかりなんですよ。
あれ、去年の9月29日=私の誕生日に開催されたんですよね。
私はリアルタイムでは見れなかったから、見よう見ようと思いながら、やっと昨日見れたんです。
 
で、さっきPF-FLYERSのCMの監督さん?「見たことあるよ〜!?」
って思ったら、飲み会のときのお相手じゃないですか
へえ、そういうことだったの?
CMに佐藤さんを起用したのはそういう縁?
それとも、これがあるから、ふたりで飲み会だったのかな?
そのへんの事情、だれか知ってる方いますか〜?


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1月23日 早天礼拝

ヨハネの福音書 15章12〜16節
「主があなたを選び、任命されたのです」


 

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしのなによって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」15:16


 

今日は3つのポイントから学びましょう。


 

<p> <p>
?私たちの救いは、私たちの側から始まったのではない


 

私たちの救いは神の選びと任命によるものです。
これは重要です。
目的があって、その目的を達成するために、それにふさわしい役立つものを選ぶのです。


 

サッカーを考えてみましょう。
日本にはJリーグがあります。
そこから日本代表チームが選ばれます。
選ばれた選手は「チームの代表」ではなく「日本人を代表」することになります。
クリスチャンは、イエスを通して神の国の先進のために、教会を建てあげるために、選ばれた存在です。


 

サッカーにはそれぞれの選手に役割があります。
ストライカーはゴールを決める。
ミッドフィールダーはストライカーにパスを回す。
ボランチはゴールを守る。
そして、ゴールキーパー。
自己理解の中で、「自分が信仰を獲得した」のではなく、主がそれぞれ、その役割に選び、任命されたのです。
私は牧師に任命されました。
だからそれにふさわしく生きようとしています。



選ばれた人がみな代表チームに入るわけではありません。
ケガなどで、入れない選手もいます。
選ばれたものは、それに応えていくことが大切です。
神の選びに応える姿勢です。



なぜ私たちを選ばれたのでしょう?
それは私たちが実を結び、それが残るためだと書かれています。
豊かな実を結ぶとき、褒め称えられるのは、それを実らせた管理者、父なる神です。
祝福の中を歩むほど、任命してくださった父なる神が褒め称えられます。
私たちには実を結ぶ責任があります。


 

?イエスはわたしたちを友とよばれた


 

「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。」15:15


 

「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」15:14


 

イエスは私たちを友と呼んでくださいました。
そして、「友のためにいのちを捨てる」と言われました。
イエスは、父から受けたものを余すところなく示してくださいました。
それを受け止めているでしょうか?


 

友は、「いのちを捨てる」とまでいかなくても、人の人生の危機に駆け寄り、助けてくれる存在です。
「親友」と「友だち」の決定的な違いはなんでしょうか。
親友は、私の過ちや弱さを知っています。
知っていて、全てを引き受けながら友にいてくれます。
私には親友がいます 
私は「牧師の息子だから」「クリスチャンだから」と、距離をおかれることがありました。
でもHくんは違いました。


 

大学に入り、行き詰まりを感じた時期がありました。
それは、やりたいことを妨げられたからです。
教授に「部活に入れ」と言われました。
最初私は部活に入っていませんでした。
時間がなくなるからです。
しかし、「入らなければ卒論を書かせない。」とまで脅されました。
仕方なく部活に入りましたが、私は挫折感を感じました。
さぼってHくんと一緒にゲーセンに入り浸りました。
ゲーセンのハイスコアを二人で塗り替えることに夢中になりました。
そんなHくんは
「服部。おまえがクリスチャンとか、牧師の息子とかは関係ない。
おまえは友だちだ。」
と言ってく れました。
彼は、全てを知って、私を受け止めてくれました。


 

「うまくいかないと見捨てられる」と考えること自体、友だと思っていないことの現れです。
友は何をおいても助けに行きます。
「いのちを捨てます。」と言われている友は、イエスご自身です。
私たちのためにいのちを捨てて下さる方が、「友」と呼んで下さいます。
私たちは愛と友情で結ばれているのです。


 

?愛の基準


 

イエスが私たちを「友」と呼び、良いことも悪いことも知った上で愛して下さるように、人の友となること。
それが基準です。
できるかできないか、ではなく基準=あるべき姿です。
人生の中で、真剣にその人のために生きることです。
友として、できることは精一杯することです。
その人のために労苦することです。
それはイエスが示された大事な姿です。


 

生涯キリストと同じ愛に生きることができるよう、取り組み続けることが、友としての証です。
キリストと同じ愛で生きようとするとき、様々な祈りが生まれてきます。
感謝と、友を理解するための知恵を求める祈りが生まれるのです。



誤算

春にまたまた「電王」をタイトルにした映画をやるんですよね。
で、前売り券がすでに発売中。
特典がまた可愛いじゃありませんか!
よし!買ってこよう♪
 
しか〜し!
ここに大きな(?)誤算が・・・
 


うちに一番近い映画館はユナイテッドシネマ。
でも、そこでは、ライダー映画は夏だけしか上映がなかったんです。
「さらば」も「超電王」も「トリロジー」も。
仕方なくちょっと遠めのTOHOシネマズに見に行っていました。
 
さて、昨年TOHOシネマズで、BECKのメンバー柄のギフト券が発売されました。
迷わずコユキを買いに行きました。
使用期限が1年以内ということを知ったのは販売窓口。
「う〜ん、1年以内にこの映画館まで来る可能性はあるのか?
いや、どうせまた東映は電王映画を作るに決まってる!」
と判断した私は、思い切って3,000円を払ったのでした。
 
その期待を裏切らず、4月に映画公開。
今日前売りを買いに行く前に、一応ネットで上映館をチェックしてみました。
すると、な、な、なんと!!!
車で5分の映画館で上映予定に入ってるじゃないですか
え?
どうゆうことよ!?
いままでず〜〜〜っとスルーしてきたくせにぃぃぃ
 
遠いけど、カード消化のためにTOHOシネマズに行くか?
カードは別の機会を待って、近場にするか?
 
今回、通くんは出ると聞いてるけど、優一くんは休養中。
娘たちは優一くんが出ないなら見ないっていうしなぁ。
どのみち私ひとりだと1回では使いきれないし。
親子券でも2,000円。
2回見に行く?
それもなぁ・・・
 
もっくんを誘ってみたら、あっさり
「いいよ。行っても。」
と言ってくれたので、近場に決めました。
遠いと、「まだ着かないの〜?」ってうるさいから。
 
近場なら私はポイントがたまっててタダで見れるので、結局子ども券だけ1枚購入。
よって特典も1個。
「ストラップとチョロQですね。どっちにしますか?」
って聞かれて、ちょっと迷うふり。
最初からソードフォームのあるほうに決まってるんだけどね
 
 誤算
 
残された課題。
果たして7月までに、TOHOシネマズに行くチャンスはあるのだろうか・・・


ふーみん画集up♪

「ふーみん画集」に最近持ちかえって来た、立体と平面構成5点をupしました
 


2010_1211_103941cimg1715

あと一週間で私学の入試です。
学力は英語だけ。
実技でデッサンと立体構成。
立体は苦手で、「4時間で仕上げる自信がない」と、ちょっと不安そうです。
こればっかりは、一朝一夕で力がつくものでもなく、もう今まで培ってきたものを出し切るしかないですよね。
いいアイデアが閃きますように、と祈るしかない母です。

こんなの届いた♪

ゆうちょ銀行からお手紙が届いていました♪
 


封を切ったら、こんなビラが
ゆうちょさん、ほんとにありがとう
 
こんなの届いた♪


焦る(´・ω・`)

国公立の2次出願。
早く郵送したいんですけれども・・・。





まだ調査書をもらってきません。



ふーみんは、月曜日には申請書を出したと言ってるのに。 





先生、忘れてない?



どっかにまぎれてない?



校長先生が出張で決済が下りないの?



 



締め切りは2月2日必着。



あした木曜日にもらってきたとして、あさって金曜日に書留で出して、土日を挟んですぐに月曜はもう1月31日ですよ!?



私、心配症すぎですか?



でも、なんだか不安になりませんか?



 



さっきふーみんから先生に催促メールを送らせたんですが・・・



先生、早く返事くださ〜い(>△<)



BECK。そして良太郎。

とうとう30巻まできました。
そして、今日34巻まで予約入れました。
物語もいよいよクライマックス!
 


どんなに妨害されても、脅されても、くじけずに前進していく音楽根性(?)マンガ。
マンガだから音は鳴らないんだけど、
「ああ、ここにすごい音楽がある!」
って感じさせてくれる。
人に感動を与えてくれる本物の音楽が流れているって。
 
コユキは、「歌声」以外はごく普通の男の子。
結構落ち込むけど、意外にへこたれない。
根本的に「お人よし」で、あんな斎藤さんも尊敬している。
そういうところに、野上良太郎に通じるものを感じてしまうなあ。
 
「特異点」だけど、運が悪くて狙われやすくて、でも芯は強い。
ありえないほどに善意の解釈で、4タロスを受け入れていく良太郎。
つい、連想してしまいます。
 
この前あたっくさんたちとお話してて思ったんだけど、もし佐藤さんが良太郎を演じていなかったとしたら、あれほど電王にほれ込んだだろうか?
逆に、もし良太郎を演じている佐藤さんに出会わなかったら、これほど佐藤さんを好きになっただろうか?
 
写真集のインタビュー記事にあったけど、「大学には行かせよう」と考えていた事務所が、「電王なら大学に行くより価値がある」と判断してオーディションを受けさせたというくだりを読んで、「ここが分岐点だったんだ!」って思いました。
「すべては必然」なのかもしれないけど、もし、そうならなかったパラレルワールドがあるとしたら、佐藤さんの人生はもちろん、私の毎日も全然違ったものになってたという気がします。
佐藤さんをスカウトしてくれた人にも、電王のオーディションを受けるようにと手配してくれた人にも、表彰状を贈りたいです。
 
そんなことを考えながら過ごした、「ハイタッチ後遺症」のステファニーでした。



ハイタッチ会♪

ハイタッチ会♪
金曜日、職場の上司がスポーツ新聞を広げて読みながら、私のそばを通り過ぎざまにつぶやきました。
「こういうの、買うかなぁ?」
そこには「NOUVELLES」の表紙写真と記事が・・・。
「もちろん買います!」
と答えたことは言うまでもありません^^
 


そんなわけで、日曜日はハイタッチ会。
東海道新幹線は順調に運行し、美しいを眺めながら新宿に向かいました。
地図と勘に頼りながら、道に迷うこともなく、サブナードに到着。
そこには特設「佐藤健グッズ販売所」が。
雑誌類で欲しいものはたいてい買ってるので、そこはスルー。
「どこに集合するんだろ?」
見回してみたら、ガラス戸の扉のむこうに、いくつか柵が並んでいるではありませんか。
そこに「1〜100」{101〜200」とか紙が貼ってある。
「おお!ここが集合場所!」
地下街から外に上がる階段までの、比較的広い通路の約半分を占めていました。
 
まだ時間前だったけど、とりあえず400番台の位置に向かいました。
ほとんど人がいなくて、ひとりだけ、内気な感じの若い女の子が立ってました。
その子もどうやら一人参加みたい。
話しかけようかどうしようか迷ってるうちに、
「並んでくださ〜い」
と声がかかりました。
柵内に入ったときも、彼女と並んでたので、
「何番ですか?」
って声をかけてみました。
「41○番です。何番ですか?」
「私は495番。だれかと待ち合わせですか?」
「いいえ、一人です。」
「どちらから?」
「神奈川です。」
「割と近いですね。私は愛知県。」
「え?新幹線ですか?」
・・・って感じで結構話もはずみ、待ち時間も苦になりませんでした
 
いよいよ1時。
開始時刻です。
前の方から、50番ずつ区切ってガラス扉の中に誘導されていきます。
ここで彼女とはお別れです
福家書店の前に赤いビニールテープで仕切られた一角があって、そこに待機。
そこからさらに、10番ずつ呼ばれて列に並んで行きました。
途中消毒用アルコールが置いてありましたよ
そのあたりで、私に声をかけてくれる人が・・・
さっきの彼女でした。
先にハイタッチを終えて、待っててくれたんです。
「どうだった?しゃべれた?」
「『頑張ってください』ぐらいしか言えなかった〜」
「じゃ、行って来るね!」
 
その直後から壁で仕切られた迷路(?)に突入。
壁には写真集から選んだと思われるポスターみたいなのが貼られていて、ズギューン
だって佐藤さん、じっとこっちを見てるんだもん。
「そろそろか?」というところに来たら、壁に「もうすぐハイタッチ!」って書いてあって、ドキドキ感マックス
その角を曲がると・・・見えた〜〜〜
 
ファンのひとりひとりの目をじ〜〜〜っと見つめながらハイタッチする佐藤さん!!!
その目に釘付けでした
「どうしよう!何しゃべろう!!!?」
列はどんどん流れて行って、私の目は佐藤さんの瞳に囚われたまま。
目の前にその瞳がありました!!!!!
ほんとにじ〜〜〜〜〜〜〜っと見返してくれて、
「応援してます!」
という言葉に軽くうなずいてくれたようなくれなかったような・・・
手の感触だけは忘れまい!と神経を集中してましたが、その感じは握手会の時と同じ。
ふんわりとあったかい手でした。
ほんとに一瞬だったけど、あの佐藤さんに触れたんだ・・・・・
現実のこととは思えない・・・・・
 
手を見つめながら、地下街に戻ると、彼女、そこで待っててくれました。
お互いに感動を分かち合いながら、もっとおしゃべりでもしたいところだったけど、
「ここは通路です。立ち止まらないでくださ〜い!」
という声にせかされて、
「ご縁があったらまた会えるといいですね。」
って別れました。
せめてメアドでも交換すればよかったかなぁ。
でも、こういう「袖すりあう」みたいな出会いもいいかも。
きっと彼女は今日、勤め先の本屋さんで、ハイタッチの自慢話をしてるんじゃないかな・・・
 
私が終わったのが1時半ぐらいだったかな。
あたっくさんとお連れの方が2時ごろに来るということだったので、しばらく書店内でうろうろしていました。
でもどこにいても、「ここで待ち合わせはできません。」って追い払われるの。
「道に迷った」というお二人とどうにか落ち合うことができて、遅い昼食をご一緒しました。
食べながら佐藤さん談義、特撮談義、玩具談義、電王談義etc。
2年ぶりとは思えないat home感
3時過ぎまでしゃべってたでしょうか。
とっても楽しかったです
5時集合にもかかわらず、早く来ていただいて、娘のお土産さがしにまでつき合わせちゃってほんとにすみませんでした
 
結局娘と家族には「東京蒸しドーナツ」。
もっくんには「ベイブレード102スクリューカプリコーネ」。
職場には東京駅限定とやらの「ワッフルクッキー」。
ダンナには豊島屋の「鳩サブレー」。
―――を買って帰りました
 
帰りの新幹線で写真集を観賞しながらニヤニヤしようと思っていたんですが、隣が妙齢の女性。
いっそおじさんなら堂々と見るんだけど、なんだか恥ずかしくて・・・
でも、あたっくさんのメールに励まされてビニールをピリピリと破いて取りだしました!
はう〜〜〜ん
なんだか直視できなくて、最後のインタビュー記事を念入りに読みましたわ。
ちなみに私の一目ぼれは、逆立ちの次のページ
構図といい、微妙なチラリズムと色香が素敵です。
 
はあ
なんか気がぬけちゃって、夢うつつなんですけれども。
職場の若い坊やたちが
「今朝テレビでやってたけど、ハイタッチ会とか。ステファニーさん、行ったの?」
「うん。行ったよ。」
「うそ!ほんとに!?」
「え〜どこまで行ったの?」
「東京。」
「何しに行ったの?」
「ハイタッチ。」
「ハイタッチって?」
「だから、こうやって手を合わせて・・・」
「一瞬?」
「一瞬」
「うわ〜こいつバカだ〜!!!」
ってからかってくれました
こんな言われ方するのもまた楽し。
 
以上、あまり中身のないグダグダレポですが、お読みいただいた方、ありがとうございました〜

1月16日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 15章7〜11節
「主の弟子となることによって」




 
「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」15:7
 



 




どのような文脈の中でこの言葉があるか、大局をつかむことが大切です。




13章1節「さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。」
からの流れの中で、それを表した一つの部分なのです。




ここで、イエスと私たちの関係がどのようなものであるかを示しています。
「とどまっているなら実を結ぶ」という心理をしっかり受け止めるようにと。
実を結ぶために次がれた枝である私たちは、神に選ばれているのだと。
それは、喜び・平安・感謝のもとになります。
裁かれるのではないかとびくびくするのではなく、喜びから従うのです。




 
イエスは語られたことの種明かしをしておられます。
 
「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」15:11
 
イエスが持っておられる喜びを、私たちもいただくため。
つながることで、イエスが持っている物をいただくことがでるのです。
それはちょうど父と子がつながっているのと同じです。
「私たちはつながれている」という明確な意識を持って欲しいと思います。




 
広い部屋に掃除機をかけていたら、突然モーターがとまりました。
どうしたのかな?と振り返ると、コンセントが斜めになっていました。
もう一度ギュッと差し込んだら、また動き出しました。
つながりが弱ると、本来の命、「電流」が流れてきません。




 
今日は3つのポイントから学びましょう。




 
?キリストにとどまり、キリストの言葉が私たちにとどまることができるような生き方をしましょう。
 

それには努力が必要です。
「聞く」だけではとどまりません。
私たちは毎日多くのことを聞き、見ます。
もしそれが全部意識の中に同時にあったら、混乱してしまいます。
例えば、送られてきた郵便物や新聞が全部机の上にのせてあったら大混乱でしょう。
読んでしまったら、必要な部分だけ切り抜いたり、片付けたり、捨てたりしておかないと、新しい物が入る余地がなくなります。




脳も同じです。
意識のテーブルに、絶えずたくさんのものを置いておくことはできません。
整理して、記憶の中にしまわれていきます。
「聞いたこと」を意識の奥にしまうのです。
「教会でメッセージを聞いても、3日で忘れる」
と言う人もいます。
でも、記憶のどこかには残っています。
残る物は何でしょうか?




 
最近、私は何でもメモして忘れないように気をつけています。
そのときは「わかりました」と言っても、聞いただけではうっかり忘れてしまうからです。
いつも主のみ言葉を意識できるような習慣を作る必要があります。
具体的には
・毎週礼拝に来る
・祈り会に来る
・デボーションの時を持つ
こともよいでしょう。
生活の中で、意識して、継続して、習慣化することです。
主の言葉を記憶にとどめ、行動の規範とするためです。




 
「規範」とは、定規のようなものです。
それによって物事を「測る」のです。
毎日の生活で起こるできごとに、どのように対処したらよいか、その基準はみ言葉です。
私たちは、意識しないと、この世から学んだ物差しで測っています。
しかし、聖書には違う物差しがあります。
例えば
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」ヤコブ1:2
と聖書は言います。
試練には意味があると、理解して受け止めていくとき、「主のみ言葉は生きている」と体験するのです。




 
「何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」
と言われると、
「祈っているけど与えられません。」
と言う人もいるでしょう。
ヤコブの手紙4:3には
「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。」
とも書かれています。
キリストにとどまっている人の願いは、自分の快楽を願うものではないはずです。
主のみ言葉の実現のためを願うはずです。
だから、答えられるのです。
悪い動機で願うものはかなえられません。
自分の願望、欲求で願うからかなえられないのです。
これは意識して努力しなければできません。
そのとき、キリストの喜びが私の喜びとなるのです。




 
?「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」15:8
多くの実を結ぶためには心を使い努力しなければなりません。
しかし、人は努力をきらいます。
その努力とはキリストにとどまり、キリストの言葉が私の内にあるようにするための努力です。
枝としてつながっていれば実を結ぶことが出来ます。
「多く」実を結ぶには、農夫である父の刈り込みが必要です。
父が整えて実を結ばせてくださるのです。
この努力を否定しては実を結ぶことはできません。




 
「父が私を愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。
もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。
それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。」
15:9
 
「愛の中にとどまる」=「戒めを守る」と言っています。
「主のみことばを守りたい」という意識が必要です。
最初から「守れません。」と祈るのは間違っています。
ペテロは「決してイエスを知らないなんて言わない。」と言い切って、イエスに「今はむりです。」と言われました。
がんばりで実を結べるわけではありません。
しかし、主のみ言葉にとどまりたいという意識がなければ、キリストとの交わりが薄くなります。
ちょうどコンセントが半分はずれているように。
自分は精一杯やっていても「そうできない」という現実に直面するときに、キリストの愛が分かります。
落ちていく私たちを支える強い主の腕があるのです。
キリストに生きる努力を払わずに、「人間は弱いからできなくてもよい」「主はゆるしてくれる」と簡単に言うのはやめましょう。
「行いたい」と願うことが大切です。




 
イエスでさえ、ゲッセマネの園で3度祈られました。
主は私を決して見放さず、私を見捨てないということを知るとき、喜びがあふれます。
イエスにつながる枝として、キリストのみ言葉を規範として生きることに心を配り、実を結びましょう。



前夜^^

夢を見ました・・・



佐藤さんの・・・じゃないです。
ハイタッチ会に行く途中で、はっっっっ!!!と気付く夢。
「どうしよう!!整理券忘れたっ!!!!!」
って
新幹線の中か、新宿の路上か。
とにかくもうどうしようもないっていう
 
一瞬目覚めて、ドキドキしました。
で、真夜中に起き上がってタンスにしまってある整理券をバッグに入れようかという考えが頭をよぎりましたが、そのまま寝てしまいました
ついさっき、入れましたとも
あと、お金と、乗り継ぎをプリントアウトした紙と、乗り換え駅の構内図と。
もう忘れものないよね!?
新幹線のチケットはに入ってるし。
 
よし!
OK!
 
お手紙がまだ書いてない


プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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