Q10 第7話 感想

いきなり喪服の深井一家。
 
鍵盤の歯をしたカバのはなし
 



おおぉ〜これが平太の深層心理にひそんでいたものかぁ!
Q10製作者は、平太のことを知ってて起動ボタンを設置したとしか考えられませんね。
「すたこらさっさ」と逃げて、めでたしめでたしなお話に、「追っ手にまた捕まるにきまってる!」と現実的な見方をする平太。
「そしたらまた逃げます」と、どこまでもあきらめないQ10。
で、「根性」の問題なんだ、と変に納得する平太。
そして、決意する!
逃げようと。
 
「深井くんに毎日会いたいから」
 
いよいよ月子が本格的に介入してきましたね。
ていうか、顔、近すぎるから!!!
だれよりも月子を怖がっているのはオタクくん。
そりゃそうだよね…
一度は世界が破壊されるところを見せられたんだから。
 
「さわるな!!!」
 
よく言ったよ、平太(≧▽≦)
ここ、超胸が高鳴った!
  
「生まれ変わり!!」
 
娘のしでかした不始末(?)にお怒りの校長先生。
でもそれが、怪しげな占い師に前妻の生まれ変わりだと聞いたとたん、生まれ来る孫をいとおしく思ってしまう。
 
薬品の臭いと、明日の匂い
 
ビンボー君が初めて焼かせてもらったパン。
あの、屋上のパンから繋がってるんだ!
しかし、薬師丸先生は鼻が利きますね。
月子の怪しさを見抜くあたりも、モモタロスか!?と思いましたw
 
「ことばをください」
 
後ほど、小川先生とロウソクともして怪談か?と思わせて、実は薬師丸先生の誕生日!には驚いた。
パンにロウソク1本てのはねぇ。
「好きです」を渡したかったのに、「変身!リセット!」を渡しちゃう小川先生、大好きですw
 
「みずー!みずー!みずー!」
 
初めて見る海に興奮ぎみのQ10さん、かわゆす(^^
逃避行のふたりなんですが。。。
う〜ん、この平太の「逃げる」という行動はどうも私には理解できません。
たぶん平太本人も、何から逃げてるのかわかってないよね。
月子個人から逃げてるわけでもないと思うの。
冒頭の平太じゃないけど、絶対逃げられるわけないじゃん…って思う私はつまらない大人でしょうか。
 
「生きている!死んでいる!生きている!死んでいる!」
 
小川家のアルバムは面白い。
「この人がおかあさんで、この人はその人のお姉さん。」
って古い世代へたどっていくほどに、写真に写っている人は若く幼くなってて。
平太が死んでも、子どもが生きていく。
そう言われた平太は複雑な気持ち。
もしこのまま逃げ続けて、Q10を愛し続けたら、子どもなんて望めない。
「子どもなんていらない。」
っていう平太は、なんか、諦めたような寂しそうな顔をしてるんだよね。。。
 
「大事なものだけ持ってきてって言ったよね?」
 
だよね。
肝心な充電器を持って来なかったQ10。
ロボットにはね、ものすご〜く具体的に説明してあげないと。
せめて「Q10が元気に動き回るのに必要なもの」ぐらい言ってればねぇ。
小川先生のお母さんにとっては、セピア色の写真が大事なもの。
あるいは、「愛」?
ケータイは便利だけど、それはひきだしを開けるためではないし、くまちゃん(?)を座らせるためでもない。
眠くなっちゃったQ10が倒れ込んで来て、抱きかかえる平太に、
「熱愛〜!熱愛〜!」
とはやし立てる子どもたちがわざとらし〜(^^;
 
「いつ、いかなるときにも平太を信じます!」
 
と宣言してくれたQ10を置いていかざるを得ない平太。
ケータイはどこかに置いてきちゃうし、薬は切れるし、どんどん心細くなっていく。
民家とてなさそうな田舎道で
「だれか〜〜〜!」
と叫ぶ姿は幼い子供のよう。
それもそのはず、平太は心理的に胎児にまで退行してたんだから。
はるか遠くから近づいてくる光は、胎内から出ようとするときに見た、あの光。
でも現実にはQ10がもたらした光。
 
「さよなら、2010年」
 
携帯用バッテリーでQ10に充電してやる月子。
Q10撤収!?
役目は終わったって!?
「さよなら2010年」って、やっぱり未来からやって来た系?
ふーみんのお友だちは、Q10ピノキオ説を唱えていたそうです。
「Q10は今はロボットだけど、人間になれるんだよ!だからエンディングで、人間っぽいQ10が出てくるんだって!」
と。
しかし、こうなるとむしろ「ドラえもん」?
う〜ん、月子さん過去に干渉していいのかな。
なんかパラドックスが生じませんか?
うわ〜気になる><
 
一方周りのドラマが切なかったです。
影山くんと河合さんの「新婚さんごっこ」。
無理して別れなくても、遠距離恋愛でいいじゃないの!
 
久保くんと「橋を造る男」の短い友情。
夢があってもかなえられない人もいる。
涙をこぼす久保くんの手を握ってあげる人魚姫のぬくもりが、胸に沁みます。
 
ビンボーくんは新たな一歩を着実に踏み出した感じ。
がんばれ兄ちゃん!
 
もうすぐ終わっちゃうんだな。
今回も予告が間に合ってなかったし。
Q10関係者のみなさん、くれぐれも体調崩さないよう気をつけてね〜!



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りーちゃんのです(*^o^*)
3日ほど前に届きました。
フイリップこと菅田将暉くんてす!
なんと!事務所のショップで買うと、全て直筆サイン入り(≧∇≦)
いいな〜。
佐藤さんなんて、これだけ有名になっちゃうと、全部にサインなんて不可能だよね…(-.-;)
りーちゃん、大切にするんだよ〜☆

11月21日 聖日礼拝 

ヨハネの福音書 13章31〜35節
「互いに愛し合いなさい」
 
私たちは、自分が見聞きし、触れたものだけにとどまろうとしてしまいます。
しかし、神の持つ賜物はもっと広く、高く、深いのです。
他の人の経験も通して学ぶことが大切です。
自分が持っていない素晴らしいものを吸収していきたいものです。
 



さて、今日の個所には、キリストが与える新しい戒め、取り組むべきテーマが書かれています。
それは、私たちが生涯かけて目指すべき目標「互いに愛し合う」ことです。
この言葉は何度も聞いてわかっていることでしょう。
しかし、単純な真理こそ、正しく受け止めるのが難しいものです。
頭での理解と生活が結び付くには溝があります。
 
「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」13:34
 
イエスのように愛に生きるには、余すところなく示された愛を一つも漏らさずに受け止めていく必要があります。
そして、
「私は愛されている。受け入れられている。私は私でいい。」
という自己受容が大事なテーマになっています。
自分で自分を見て、「この点はいいな。」と思えるところは受け入れられるでしょう。
自分の中には受け入れにくい部分があります。
すると、心が分かれて不安定になります。
どちらに目を止めるかで、調子が良かったり悪かったりするからです。
でも、人間は、いつも両方を持っているのです。
 
34節の御言葉はサンドイッチのような構造になっています。
「あなたがた互いに愛し合いなさい」
「私があなたがたを愛したように」
「あなたがた互いに愛し合いなさい」

と。
2度言われている「愛し合いなさい」という命令の間に、イエスの模範がはさまれています。
これは「愛されている」という経験がなければ実行できない命令だということです。
自分の嫌な部分も受け入れていくことです。
どうやって?
イエスはその「嫌な部分」も知っていながら、そこも含めて認めてくださっているのです。
課題があるからこそ助けてくださいます。
勇気を与えられます。
落ち込むのではなく、抱えながらも前進できます。
私たちも、イエスのように、そうするのです。他の人に。
 
しかし、私たちには「分かっているけどできない。」という苦しみがあります。
それは「分からない」ことよりも辛いことです。
 
「子どもたちよ。わたしはいましばらくの間、あなたがたといしょにいます。あなたがたはわたしを捜すでしょう。そして、『わたしが行く所ヘは、あなたがたは来ることができない。』とわたしがユダヤ人たちに言ったように、今はあなたがたにも言うのです。」13:33
 
弟子たちはこう言われてショックだったことでしょう。
今までずっとイエスと共に歩んできたのです。
それなのに、今は「ユダヤ人たち」と同じように拒まれているからです。
 
「シモン・ペテロがイエスに言った。『主よ、どこにおいでになるのですか。』イエスは答えられた。『わたしが行く所に、あなたは今はついて来ることができません。しかしのちにはついて来ます。』」13:36
 
ここに希望があります。
「できない」から「できる」へ。
ここに葛藤があります。
歩み続けているなら、課題に打ち勝ってついて行けるようになります。
本気で「互いに愛し合うこと」に取り組むことが大事です。
できたかどうか、ではなく、そのなかで成長するからです。
気付かないうちに。
 
子どもは、ふと気づいたら成長しているものではありませんか?
毎日見ていると変化がわかりませんが、久しぶりに会った親戚のおじさんは「大きくなったな!」と驚きます。
実は少しずつ、多く変わっているのです。
身近な人ほど気付かないだけです。
 
愛することイコール好きになること…ではありません。
愛するとは、存在を大切にすること、受け止めること、認めることです。
いやなところを取り除こうとするのではなく。
 
「いつも私ばっかり愛している気がする」
ということはありませんか?
人を愛そうとして仕えるようにすると、最初は周りから感謝されますが、やがて「いつもやってくれるからやらせておけばいい」となりがちです。
聖書が教えているのは「互いに」愛し合うことです。
どちらかが我慢することではありません。
一方の我慢で保たれている関係は健全ではありません。
 
「ありがたい」とは「在り難い」つまり、「ふつうではありえないすばらしいこと」を現わしています。
それなのに、「ありがたい」ことが「普通のこと」になって、慣れてしまうことが起こるのです。
時には「労苦を払っているのですよ」と相手に伝えることも必要です。
難しいけれど精いっぱいやっているということを伝えなければ、それができないと不満を持たれることになります。
自分の犠牲があたりまえではないことを確認すること、相手に求めることも大切なのです。
一方が引き受けるばかり、ではなく、相互に引き受け合うことです。
 
ヨーロッパから日本への宣教が行われた時、弱かった点がそこでした。
宣教師はよいものを持ってきてくれましたが、一方通行でした。
宣教師はタダで来てくれていると思いますか?
一人の宣教師を送り出すには、年間一千万円以上かかるといわれています。
今では、「互いに」愛し合うためにはただ助けるだけではダメだということに気付き始めました。
日本の教会も協力する、パートナーシップという考え方が生まれたのです。
自分自身も受け取りながら、自分にできることで人に仕え、分けていく。
相互に協力する関係を、聖書は教えているからです。
対等である必要はありません。
「他の人を大事にすること」を、相互に求めていくこと。
これが成長につながる道なのです。



ストライクゾーン

先日、たまってきたHDDを整理しようと、編集をしていました。
で、Q10の主題歌を歌ってる高橋優さんの「あぐらライブ」に佐藤さんがサプライズゲストで登場〜ってところを見ていました。
そこに広海・深海とかいう双子のお笑い芸人さんが入ってきて、おふたりにインタビューをするわけなんですが、微妙にテンションが違うんで高橋さんも佐藤さんも困ってる感じで(^^;
 
それはともかく、芸人さんが
「タケルくんの好みの女性のタイプってありますか?」
っていう感じのお決まりの質問をしたんですね。
私の予想では
「ギャップのある女性」
とか来るかと思いました。
ところが佐藤さんの返事は
「女性でさえあれば・・・」
と、いつも通りオールストライクゾーン的な発言だったんです。
 
私的には
「本心じゃなくても嬉しいw」
と、ニヤけたんですが、そこで双子さんの方割れがガックリと膝を落としたのです。
そう!
オカマさんのおふたりにとっては絶望的なセリフだったんですね〜^^
いや〜、ここまで射程範囲を広げてもフォローしきれない方たちもいるんだなぁ・・・と妙に感じ入ってしまいました(^^;

おじいちゃんがQ10丶(@▽@)ノ

おじいちゃん@80歳がQ10を見ていました!
しかもわざわざ自分のHDDに録画して!!!
 
おばあちゃんが驚いて、
「あんた、なんでこんなの見とるの!?
これは若い子が見る番組だぎゃあ。
この人(佐藤さん)のファンだで、おかあさんも見とるんやに。
龍馬で人斬り以蔵をやっとった子やがね。」
「ああ、そうか。全然わからんかったわ。」
ってことで、別に佐藤さんや敦っちゃん目当てではありません(爆)
 
おじいちゃんは戦中世代として、政治・社会には一家言持っています。
そのおじいちゃんが購読している小難しい『思想○○』という機関紙にQ10を絶賛する評が掲載されていたらしいのです。
「褒めたったけんど、どんな番組か見てみんことには物も言えんでよう。」
ということで、視聴におよんだのでした。
 
なんでも『思想○○』には、
「人間の善意が失われた時代に、ロボットが善意を代弁している。」
みたいな書き方がされていたそうです。
「なるほどな、と思ったわ。」
というのがおじいちゃんの感想でした。
 
「さらば恋人」を聞いて、委員長さんは「いつも幸せすぎたのに、気付かないふたりだった」ってところに胸を打たれ、ビンボーくんには「悪いのはぼくのほうさ、君じゃない」が響いたように、Q10という番組も見る人の思想・人生経験・思い出etcによっていろんな見方ができる。
それを実感したできごとでした。
撮影が押してるみたいだけど、キャスト・スタッフのみなさん、陰ながら応援していますよ!
体を壊さないように頑張ってくださいね!!!

ゆうちょ家族♪

ちょっと仕事に余裕があったので、午後から半休。
なかなか行けない郵便局に行ってきました!
目的は年賀切手(お年玉くじ付き)を買うこと♪
…と、みせかけて、クリアファイルGET大作戦〜〜〜!!!
でもこれ、新規に通帳を作らないともらえないといううわさもあるし…
ちょっと身構えながら、いざ、出陣。
 
 
 
 
 
地元の店内に入っていくと、だれも声をかけてくれない。
「いらっしゃいませ」
とさえ。
隣の「貯金」窓口には若い女の店員がいるのに、他のお客さんの応対をしていて気付いてくれない。
奥には中年男性の店員さんが、背中を向けてPC仕事をしてて、気付かない。
ちょっとムッとしながら、「郵便」窓口で棒立ち。
 
やがて男性のほうが振り向いて、あわててこっちにやってきました。
「お待たせいたしました。」
「あ、年賀切手が欲しいんですけど。80円のお年玉付きを30枚。」
「あ〜、そちらの切手は…少々お待ちください。」
と、奥の扉をあけて姿を消した。
再び扉が開いて、
「80円はもう切らしておりまして。」
「じゃ、50円のと、30円切手を30枚ずつ。」
「50円と30円ですね?少々お待ちください。」
切手を用意して、レジを打つの手もおぼつかず、何度か打ち直し。
「代金○○円になります。こんな(大きな)袋しかなくて申し訳ありませんが、こちらにお入れします。」
代金を支払うところで、ムッとした表情を演出しつつ
「『ゆうちょ家族』のファイル、ありますか?」
と勝負を挑んでみた。
男性はにこやかに、
「ございます。1枚でよろしいですか?」
ときた!
(え〜、1枚でよろしいですか、ってことは2枚でもいいわけ〜?)
この機をのがすものかと、
「2枚。」
攻めの姿勢をくずさず指を2本立てて要求。
「2枚ですね。こちらの袋にいっしょにお入れしてよろしいですか?」
「はい。」
(もちろんですとも!大きい袋でよかったわね〜^^)
 
てなわけで、ふたつももらってきちゃいました。
1つは使って1つは保管用にするかな?
 

ゆうちょ家族♪


密かにエクササイズ♪

何年か前におさるさんがトーク番組で言ってたんですよ。
「腹筋割れてるんですよ」
って話しながら。
それは、椅子に腰かけている時に足を床につけないようにするというもの。
ずっと忘れてたんですが、先日ふと思い出して
「よし!やってみよう」
と思い立ちました。
 
座った状態で一番ひま(?)なのが通勤の往復1時間少々の間。
で、ここ数日、ちょっとだけ脚を浮かせています。
忘れてることもあるし、疲れたら休んでるんで、果たしてこれで腹筋が鍛えられるかどうか。。。
もし1カ月ぐらい続けて効果が現れたら、またご報告したいとおもます^^

11月14日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 13章21〜30節
「誰も知らなかった」
 
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ります。」13:21
 
今日の個所は私たちに疑問を起させるところです。
「なぜ?」ととまどいを感じないではいられません。
考え、なぜ?と疑問を持つことは大切です。
そこで2つの道に分かれます。
・神の祝福とはどのようなものか、理解を深め、神に近づく
・神は私を遠ざけようとしている、愛されていない、と感じて離れていく
 



「試練に耐える人は幸いです。」ヤコブ1:12
「だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。…人はそれぞれ自分の欲に惹かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。」ヤコブ1:13,14
このヤコブの手紙に書かれている「試練」と「誘惑」は同じ語源なのです。
同じ現実に遭遇しても、心の在り方が違うと反応が違ってきます。
最近のCMで言うなら
「エコカー補助金は半分になってしまった。」
と考えるか、
「まだ半分残っている。」
と考えるか、という違いです。
肯定的に捉えるのは難しいことです。
物事がうまくいかないときは
「原因は自分のほうにある。罰を与えられているのだ。」
と考えてしまいます。
素直な心で受け止め、このことから主は何を教えようとしておられるのかを考えることが大切です。
 
ヨハネの福音書は、文字通りイエスの弟子であるヨハネが残したものですが、ヨハネが自分自身のことを記述するとき
「主に愛された弟子」
という表現を5回用いています。
こんな書き方をするなんて、ヨハネはよほど自尊心が強かったのでしょうか?
自分だけ、他の弟子よりも特別に愛されていると考えていたのでしょうか?
私たちには「主に愛されている」という自覚があるでしょうか。
心からそう思っているでしょうか。
ヨハネはそう思っていました。
「主に愛されている」という自己像を持っていました。
それは、人との比較ではなく、素直に主の愛を受け入れていた証です。
 
ヨハネが座っていたのはイエスの右でした。
人が座席に着くとき、だいたい決まった位置に座るものです。
ここから礼拝堂を見渡すと、たいてい同じ位置に同じ方が座っています。
弟子たちはこの時どのようにして席を決めたのでしょうか。
おそらく自由に選んだのでしょう。
そして、ヨハネはイエスの右を選びました。
いつもイエスのそばにいたいと願っていたのでしょう。
愛されているものとして、イエスを愛したいと思っていたのでしょう。
 
愛されることをあたりまえだと思っていないでしょうか?
最初の感激が薄れていないでしょうか?
「神は特定の人だけ愛しておられるのではないか。」
「中には愛されていない人もいるのでは?たとえばイスカリオテのユダは愛されていたのか?」
はたしてイエスはユダを愛していなかったのでしょうか。
 
イエスが、ご自身の愛を余すところなく示された時、ユダはその愛を受け取り損ねて足元をすくわれました。
これはアダムとエバ以来の課題です。
祝福への道を選ぶか、呪いへの道を選ぶか、それは私たちの心で変わるのです。
「神が愛だというのなら、ユダを止めればいいのに。
裏切らないようにすればいいのに。」
これは人が自分を守るために絶えず主に訴えてきたことです。
「善悪の木を植えなければよかったのに。」
「ユダが裏切ることを知っていたのになぜ弟子に選んだのか。」
「なぜ愛されていたユダがこんなことになったのか。」
 
たとえ愛されていても、素直に受け取れない人はそれをゆがんで取ってしまいます。
ヨハネは素直に感謝して受け取りました。
ユダはユダなりの考えがあって、素直になれなかったのです。
誰がイエスを裏切るのか、誰も知りませんでした。
ユダさえも。
ペテロとヨハネは、イエスがパン切れを渡した時に分かったかもしれません。
しかし、裏切りの内容は誰も知りませんでした。
ユダも自覚していませんでした。
「今すぐにしなさい。」
とイエスに言われた時、『知られている』と思ったことでしょう。
イエスはユダを止めませんでした。
私たちはロボットではないからです。
 
子育てを考えてみてください。
危ないめに会わないように見張っているべきでしょうか。
24時間監視するわけにはいきません。
親がコントロールしたら、子どもは過ちを犯さないでしょうか。
 
神は、私たちに、自由を与えられました。
愛は強制することができないのです。
肉の力だけでは信仰を全うすることはできません。
主は、失敗しても立ち上がれるようにしてくださいます。
イエスは、ユダに「私はあなたを知っている」というサインを送りました。
それでも、ユダは悔い改めることがなかったのです。
「取り返しがつかないことをした」
と、悔い改めることをせず、最後には自殺しました。
イエスが十字架に架けられた時、裏切ったのはすべての弟子が同じでした。
愛されているという自覚がないと、恵みが奪われていくのです。



Q10 第6話 感想

いつぞやの文化祭で、彼女の手を振り払った平太が、Q10と手をつないで歩いていく。
もうそれだけで胸キュンな私。
 


雨夜の品定め?
 
バッタリ倒れる人魚姫。
久保君のあわてっぷりがかわいい〜〜〜!
はにかむQ10。
Q10のはにかみを知ってるのは平太だけ。
「だからってQイチゼロはあなたのものじゃないのよ!」
 
「キスしよっか?」

 
不思議です。
なめらかに話し、しなやかに動くQ10は、全然Q10らしくない!
そして、平太も気づきます。
自分が惹かれているのは、「ロボットらしい」Q10だということに。
 
「悪いのはぼくのほうさ。君じゃない。」

 
今週の懐メロは「さらば恋人」!
ほんとに懐かしいわ〜。
それはビンボーくんとクラスのお別れ。
委員長さんと影山くんの別れ。
 
「俺、死ぬのが怖い」
 
死に一番近い久保くんが一番恐れているのは、これまた自分の死ではなく、大切な人の死。
そうなのかもしれない。
大切な人を永遠に失ったらどうしようと、私も思う。
 
「急に久保君の前から消えたりしないから」
 
ぶっきらぼうにおみくじを付きだす人魚姫だけど、その裏には「凶」の山(^^;
 
「欲しいって思うと、大切なものが見えなくなる」
 
だれにでも欲望はあるんだけど、欲望に振り回されてはいけないよね、って万引きしたビンボー弟くんに自分を重ねるヲタクくん。
どこかで聞いたような話だよなぁ・・・って思ったら○○○だったw
 
「いいことなんてあった?今まで生きて来て」
 
ここはもう泣くしかない。
弟が生まれた雪の日が、うれしかったって。
一緒に雪合戦ができるなって。
まだやってないのに、「もういい」なんて言うな!って。
ああ、その頃はきっと両親も揃って笑い合っていたんだろうな・・・と想像したりして。
 
「おんなじよ〜!自分のやりたいことを選んでここまで来たんだから」
 
いいおかあちゃんだなぁ〜。
同じって言われて、先生、うれしかったかなぁ???
ていうか、そんなこと言うもんだからまたチャンスが遠ざかっちゃったんじゃない?
先生、研究に打ち込む決意を固めてるよ〜(>△<)
 
「みんなの気持ちはどこへ行くのですか?」
 
人間だと、あれこれ面倒なことが想像できちゃって二の足を踏むところ。
正論で突き進めるQ10に導かれて並ぶ合唱団。
フォローしてくれる校長先生にも乾杯!
手をつないで歩いていく平太とQ10を見守る校長先生の目線にはどんな思いがこもっているのか。
むしろ、あれぐらいで警察呼ばなくても・・・
 
「思い通りになるものなんていらない」
 
平太、よく言った!!!
「力」を行使できるカードを突き返す平太。
「使い捨てのカード」で侑斗を思い出す私だったり。
 
「そのメモリーはありません」
 
考えてみれば、人間だって生まれた時のことも、それ以前のことも覚えていない。
先も見えない。
だから生き続けていけるのかもしれない。
 
「泣いた分を取り戻したいんだ」
 
病児をかかえる親はみんなそうなんだろうな。
辛い検査や手術に送り出しながら、どれほどの涙を流したことだろう。
そのことを思い出としてふり返ることができる平太の家族は、足が痺れても幸せだ。
 
「虹です。わーい!いっしょに見ましょう!」
 
感動を共有したいと願うQ10に感動。
こうして同じものを見て、メモリーが残る。
 
「平太を思い出して笑います」
 
あぁ、ここも泣けた!
照れる平太に「はにかんでください。」と言うQ10。
そりゃもう、チューしたくなるよ!!!
思い出すだけでドキドキする(〃▽〃)
ポーカーフェイスな花恋ちゃん、この意味わかってる?
TVで学習した?
で、あの涙、たったあれだけで250年分ですか(@@)
 
 
 
ところで、昨夜、バッチリ夢に佐藤さんが出てきました(〃▽〃)
おしゃべりはしたけれど、握手とかした覚えはない〜
でも会えてうれしかった〜^^



りーちゃんモーニング再び♪

りーちゃんモーニング再び♪


テスト週間に入り、部活もないゆったりとした朝。
 
小さめに焼いたホットケーキ6枚。
ツナマヨ。
小倉あん。
ロースハム。
キャベツサラダ。
カフェオレ。
キャベツスープ。
プレーンヨーグルト。
 
自分専用モーニングセット。
パンケーキにあんこを挟めば「どらやき」ですね。
トーストにもあんこを塗りたくるのは尾張地方の常識ですが(^-^)V


プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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