1月24日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 7章1〜13節
「わたしの時」
 
「天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、
植えた物を引き抜くのに時がある。
 …
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」
伝道者の書3:1,2,11
 



何にでも「時」があります。
日本には四季があります。
寒い冬は暖房、暑い夏は冷房を使います。
ほうれん草の旬がいつかご存じですか?
最近は一年中スーパーに並んでいるので分からなくなっていると思いますが、冬です。
霜が降りる冬、ほうれん草は葉が凍らないように糖分を葉にたくわえます。
寒さがほうれん草をおいしくしてくれるのです。
でも、暖かくなると葉に糖分が蓄えられないので味が落ちます。
逆にナスは暑い夏はピンと伸びていますが、霜が降りるとしおれてしまいます。
何事にも定まった時があります。
それを作り、治めておられる神がおられることを心に覚えておくことが大切です。
 
「イエスの兄弟たちはイエスに向かって言った。『あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。』」7:3
串に刺さった団子を思い浮かべてください。
その串を立てたとき、一番上(北)にあるのが「ガリラヤ」地方、真ん中が「サマリヤ」地方、一番下(南)がユダヤ地方です。
そして、首都エルサレムはユダヤ地方にあります。
イエスがおられたガリラヤは「地方」であり、田舎でした。イエスの兄弟はこんな田舎にくすぶっていないで、中心地ユダヤへ行ったらどうかと勧めているのです。
 
「イエスは彼らに言われた。『わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。』」7:6
イエスの時、とは、十字架で罪の贖いをなしとげる時です。
神が定められたその時は、まだ来ていませんでした。
 
「○○までに、△△をしてください!」というのが私たちの願望です。
もちろん、主は何でも祈り求めるようにと言われていますからそれは正しいことです。
しかし、主は最もよいタイミングで事を行われるのです。
私たちは「こうでなくてはいけない」と勝手に決めていないでしょうか。



「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」ローマ人への手紙 8:28
主は「益になるように」全てを進めてくださいます。
 
私がこの教会に赴任した時、最初の役員会は8時間に及ぶものでした。
その時、私は当時の役員の方たちに、「何を望みますか?」と尋ねました。
「新しい会堂を建てたい。」というのが答でした。
「では、今から献金を捧げていきましょう。」と私は答えました。
その計画が実現するのに10年かかりました。
あちこち土地を物色しましたが、帯に短したすきに長し。
なかなか条件が整いませんでした。
旧会堂の向かい側にある、この土地が手に入るなどとは、当時夢にも思っていませんでした。
それは、ここの地主の方との関係が今ひとつ良くなかったからです。
ここはその頃田んぼでした。
そして、「教会の子どもが、とは思わないが、田んぼによく石が入れられていて困っている。よく言い聞かせて欲しい。」と数年来言われていたのです。
その方に、土地を譲って欲しいとはとても言い出せませんでした。
ダメだと思っていたのに、不動産屋さんから「売っても良いと言っている」という話がきました。
まさか、と思いましたが、事情はこうでした。
2週間前に、ご長男が「農家を継がない」とはっきり言われたそうです。
教会が田んぼを買いたいと言っているということを伝えたのはその直後だったのです。
長男が継いでくれないなら、手放してもいい…そう思ったと。
そして、あちらから申し出られた金額は、教会がそれまで蓄えてきた金額とほぼ同額でした。
ああ、これが神さまの時だった…と思いました。
 
神は最善のことをしてくださいます。
だからといって、手をこまねいて待っていていいわけではありません。
自分たちでも準備はしていくのです。
「遅い」と思われるときが最善の時だというここともあります。
逆に、こんなに早くていいのか?と思うこともあります。
現在、恵泉ファームの働きは「早すぎる」と思うほどのペースで進んでいます。
私たちを最もよくご存じの神さまが導いてくださいます。
願いや求めがあってもよいのです。
それも含めて、主は最善を為してくださると信じることです。
 
「イエスの時=いのちを捧げるとき」…それはまだ来ていませんでした。
しかし、「あなた方の時=神の御前に悔い改めて主に立ち返るとき」はいつでも来ています。
 
「聞きなさい。『きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう。』と言う人たち。
あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。
むしろ、あなたがたはこう言うべきです。『主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」
ヤコブ:13〜15
計画するのはよいことです。
しかし、神を見ていないなら、それはよい計画ではありません。
「なぜ?」と思うとき、そこに、私には理解できない主の計画がある、と信じる信仰があるとき、「なるほど、この時のために主は事を進めて来られたのだ」と思います。
 
私の中にも計画はたくさんあります。
でも、私の願い、私のタイミングではなく、主の時を忍耐して待つのです。
みこころのかなうなら、必ず実現すると信じて、今できることをするのです。
そうすれば、思いを越えて働く主の御業を知ることができます。 





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夢見た(〃∇〃)

最初に言っておく! これは夢であり、理性のある状態のステファニーに一切責任はな〜い!!!

ロケが終わって散り散りになる俳優さんたちの中に佐藤さん。 だんだんこっちに近づいてくるよ〜〜(≧∇≦) なぜか私のほかにギャラリーはあまりいない。 握手してくれるかな〜って、おずおずと右手を差し出したら、両手でしっかり握ってくれた。 「それだけでいいの?」 って…こう…なんていうか…引き寄せて…?





ほ…ほ…ほ…ほっぺに…



ちゅ〜〜〜っ!!!!! o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o



で、目覚めて回りの人々に 「こんな夢見ちゃった〜〜〜!」 とふれまわっていた… という夢♪

前にもあったけど、今回も二段構えの夢でした。 やばいです。 娘たちには話したけど。 ダンナさまにはナイショです…(^_^;)

みんなでラビリンス!

私がまだ仕事から帰ってくる前の話。
 
中学校から電話がかかってきました。
学校からの電話でいい知らせなんてありませんよね。
案の定。
りーちゃんが自転車の鍵をなくして、歩いて帰らせたので遅くなりますとのこと。
 
心配したおばあちゃんはせめてカバンだけでも楽になるようにと、自転車で中学校に向いました。
ところが、りーちゃんとは行き違い。
おばあちゃんが戻ったころにはもうりーちゃんは家についていました。
お友達と3人で帰ってきたそうです。
 
それはいいけど、置いてきた自転車をそのままにしておいては、明日の登校に困ります。
で、りーちゃんはお父さんと一緒にNOAHに乗って自転車を取りに中学校へ。
出迎えた担任の先生の一言。
「おじいさんに来てもらって、よかったねぇ。」
おい!!!
おじいちゃんじゃなくてお父さんだよ!!!
もっとも、ダンナは若白髪で、ふーみんが保育園年中の頃すでに「おじいちゃん」と間違えられていましたからね。
もう十年以上も前。
筋金入りです。
 
そんなこんなで、自転車屋さんに行って鍵を取り換えてもらいました。
やれやれ、みんなお疲れ様でした(^^;A



1月17日 聖日礼拝

ヨハネの福音書 6章60〜71節
「イエスとともに歩く」



(この日は「望まない妊娠」に悩む女性を助ける宣教グループの報告がありました)
 



イエスのことばをめぐって弟子たちの間にとまどいが起こりました。
現代で言えば教会の内側で起きた出来事です。
クリスチャンは世の中の様々な出来事に冷ややかになる傾向があります。
真面目だからです。
イエスは
「医者を必要とするのは病人である。」
と言い、正しい人ではなく罪人を招くために来たと言われました。
問題があるからこそ、その解決のために来られたのです。
それなのに、クリスチャンは問題から立ち直ったときに、同じ事で苦しんでいる人を裁くことがあります。
私たちは問題のある世に遣わされているということを忘れてはいけません。
問題を意識的に遠ざけるのではなくて、その中に入っていき、そこで福音の実現のため労苦を払うために立てられているのです。
闇の中に光が輝くことが、主のみこころです。
真実と愛をもって、取り組むときに、苦しむ人を助けることができます。
そこに神の愛が実現します。
教会で力を得て、宣教を遂行するのです。
その時、自分だけでなんとかしようと思わないことです。
「助けて欲しい。」と言える協力関係によって働きが広がります。
 
多くの弟子たちが、「人の子の肉を食べ、血を飲む」という発言を「ひどいことばだ」と退けました。
理解できることは喜んでするが、できないことに対しては心を閉ざしています。
それでは、自分の経験の範囲内でしか生きていけません。
神のなさることは、もっと広く深いのです。
 
「こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去っていき、もはやイエスとともに歩かなかった。」6:66
自分の興味や関心がイエスと合わなかったため、多くの弟子たちが離れていきました。
「信仰」とは、神がしてくださることをそのまま受け取ることです。
理解できないものにも触れていくところに成長があります。
分からないことを簡単に否定しないことです。
このことを通して主は何かを教えようとしておられる…それを知ろうとする姿勢が大切です。
「新しく生まれる」とは「一度死ぬ」ということであり、「私の考え」を踏み越えることです。
そうしないと神の国は見えません。
自分という殻に縛られ、イエスの働きを縮小して自分のサイズに会わせようとしていないでしょうか。
 
capacity「容量」という言葉があります。
恵泉ファームで、立田から牛糞堆肥を運ぶことになりました。
車は軽トラ。
荷台に壁を作ってどんどん入れていきましたが、入れたくてももうはいりきりませんでした。
神が入れたいと思っても、私の容量が小さいために入らないのではないでしょうか。
「これで十分」とは言わないことです。
成長とは、今持っているcapacityを踏み越えてもっと広い視野、大きな心を持つことです。
今まで見えなかったものが見える。
今まで理解できなかったことが理解できるようになるのです。
 
私たちは、まず心に理想を描いてしまって、その目で現実を見てそのギャップに失望します。
聖書の価値観は違います。
まず現実を見ます。
それからどうするかを考えます。
現実をつきつけるのは「律法」です。
律法が守れない…と自分自身に、その無力さに失望します。
そこで、「ダメだ」とあきらめるのか。
「だからこそキリストが必要なのだ」と、キリストに従い、自分にできることをするのか。
 
大きすぎる問題に取り組もうとすると身がすくみます。
たとえば、「世界の飢餓を解決しよう」などと考えると、無力感を感じます。
そんなときには、地に足のついた問題から取り組むことです。
そこから視野を広げていき、働きを広げるのです。
神の業はいつもそうです。
最初はひとりから始まるのです。
やがて、知恵や使命感や同労者が与えられて広がっていきます。
「できない」と思って、いつまでも始めなければ永遠に始まりません。
一人が立ち上がればぜんしんし、ネットワークを形成していけます。
イエスもひとりから始めました。
そして12弟子を選びました。
ペンテコステの時に居合わせた弟子は120人でした。
それが今や世界中に広がっているのです。
イエスが「全世界に出て行って福音を宣べ伝えなさい。」と言われたとき、現実感をもって受け止めた人はいなかったことでしょう。
 
自分の理解・興味・関心に合えば従う…それではキリストの心はわかりません。
分からなくても御心なら留まって取り組もうとするとき、分かるようになり、見えるようになります。
それが霊的成長です。
 
しかし、全員が同じ事に興味を持つ必要はありません。
賜物の違いが働きを広げるからです。



ゲルピン

ゲルピン
今どきの人はこんな単語知りませんよね〜。

水曜日は忙しいんです。
りーちゃんを塾に送ってから続けてふーみんの画塾へお迎えに。
間に15分ほど時間が空くのですが、家に戻るには足りない。
で、TSU〇AYAで時間つぶしをするわけです。

今月はやたらと佐藤さんが表紙に載ってるんですよ。
カッコいい写真の佐藤さんがたくさん私を見つめてるし。
インタビューとかも結構長そう。
あれも欲しい。
これも欲しい。

念のため財布の中身を 確認しました。
千円札が4枚と小銭だけ…( ̄∀ ̄)
改めて雑誌の値段を見ると…
1,500円(゜∇゜)
1,279円(>Σ<)
JUNNONは安かったw
けど、レジを済ませた財布はまさにゲルピン。
早く補充しとかなきゃ!

チョコ・ペンタロス♪

チョコ・ペンタロス♪
はやくもチョコレートをもらっちゃった(o^∀^o)
ご機嫌とりが上手なりーちゃんからです☆
私が大好きなペンギンさん♪
前姿と後ろ姿があるんですが、封を開けてみたら、その2つをくっつけると1匹のペンギンになるという寸法。
なかなかやるなあ。
半分の量で経費削減ってことかしら?

キャーッッッ(o≧∇≦)o

今年も!佐藤さんの!!お誕生日イベントが!!!
しかも、名古屋でもある〜〜(≧∇≦)
はぁはぁはぁ…
今度こそ、りーちゃんを連れて行ってあげたいですo(`▽´)o
しかし…龍馬伝とブラマンで、ますます知名度が上がってるし、競争率高いだろなぁ…。
詳報は29日!
楽しみにしています♪

芸大レビュー展(BlogPet)

ステファニーの「芸大レビュー展」のまねしてかいてみるね

ふーみんが目指す大学の確認も兼ね...

*このエントリは、ブログペットの「Joy」が書きました。

芸大レビュー展

ふーみんが目指す大学のひとつで、学生の作品展がありました。
通学経路の確認も兼ねて、いっしょに見てきました。
体育館と教室に所狭しとならんだ作品たち。
とても見応えがありました。
中には画塾の先輩のもありましたよ。
そして!
こんな絵も!(≧∇≦)

芸大レビュー展

や〜、なんか同志を見つけて嬉しくなっちゃったw
体育館はとてつもなく寒いのが辛かったけど、楽しいひとときになりましたo(^-^)o

3巻突入

「竜馬がゆく」。
生麦事件がどういう内容か、やっとやかりました。
名前は聞いたことあるから、学校で習ったはずだけど。
日本史の先生がこんなふうに「語って」くれたら、もっと歴史が好きになってたかもしれないなあ。
社会の時間って、やたらと眠かったという記憶しかありませんf^_^;
以蔵さんも動き始めました。
でも…
土日は読書はお休みです(-.-)zzZ
代わりに(?)土曜日はブラッディマンデイ、日曜日は龍馬伝です(*^o^*)
今日ははなまるも見れたし、しあわせ〜〜!

プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

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