おでかけ

おでかけ
りーちゃんのインフルエンザも治り、火曜日から学校へ行っています。
やれやれと一息ついていたら、土曜日、今度はもっくんが突然の熱!
「せっかくの連休、どうなるの〜」
と不安がよぎりました。
胃腸風邪だったようですが、一晩で回復(o^-')b
今日はおでかけすることにしました。
行き先はセントレア。
ま、飛行機に乗るわけではなく、ただの見物デスケド

写真はセントレア行き特急を待っているときに反対側に止まっていた「ポケモン柄」の列車です。



スポンサーサイト

お気に入り

お気に入り
転勤するときに、職場の友だちからいただいたマグカップです。
パッチワークのぞうさんがキュートでしょう?
お茶のひととき、なごみます。



4月15日 聖日礼拝

創世記 8章1〜14節
「神は心に留めておられた」



洪水による裁きは永遠には続きませんでした。
雨が降り始めたのがノアの600年2月17日の時、そして水が退いたのが601年2月27日と書かれています。
とうとうノアは洪水を切り抜けて地に降り立ちました。



私たちは、「ノアが助け出された」ということに注目しがちです。
考えてみましょう。
もし、今、仮にこの教会が箱舟だとして、ここにいる人々だけが救われたとしましょう。
洪水後に目にするのは、自分たち以外にはだれもいない、何もない世界です。
車もない。
電車もない。
電気も、水道も、ガスも通じていない。
パソコンも、田畑もない。
ノアは最も大切な物ー命と交わりー以外、全ての豊かさと便利さをを失ったのです。
ノアは途方にくれたのではないでしょうか。
しかし、神は心に留めておられました。



この世界には絶えず悩みや苦しみがあります。
それは神から離れたゆえに全人類が負っている罪の結果です。
個人の罪のせいではありません。
苦しみに合うとき、人は「なぜ?」とその意味を問います。
ーー何かの祟りでは?
ーー前世の悪行のせい?
ーー星のせい?
ーー名前の画数のせい?
そして、どうにかして苦しみや悩みに出会わないことを求めるのです。
苦しみを「罰」とみなすのはこの世の考え方です。
すべての人が悩み、苦しみにであいます。
たとえクリスチャンでも、病気にもなれば事故にも遭います。
私たちは「悩みを取り去ってください」と求めるべきなのでしょうか?



神様は罪ゆえの「人間」の苦しみをごらんになったとき、世界から悩み・苦しみを取り去ることを選ばれませんでした。
主は、ひとり子である御子を遣わし、人の苦しみや悩みを理解しようとしてくださったのです。



一番の悲劇は、悩みそのものよりもむしろ孤独にあります。
「私に問題があるからこのような目にあうのだ。
私は神から見放されている」
と考えることこそ悲劇です。
クリスチャンに与えられている希望…それは、
「神は私を決して見放さず、私を捨てない。」
ということです。
イエス様の別の呼び名、「インマヌエル」は、「神がいつも共にいてくださる」という意味です。
「どんなに辛いときでも、共にいてくださる。
そして、終わりのない苦しみはない。」
ということを心に刻んでおきましょう。
そしてまた、私たちが苦しむ人々に出会い、
「私には何もできない。この方の苦しみを取り去ることはできない。」
と感じるとき、
「でも、この場に共にいることはできる。」
ということを覚えておきましょう。
共にいることこそ「愛」なのです。



コリント人への第二の手紙 1章3〜6節
「私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。
神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。
こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。
それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。
もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。
もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。」



A型襲来

日曜からもっくんが熱を出し、火曜まで保育園を休んでいました。
やっと「明日は大丈夫かな?」とほっとしたころ、りーちゃんが
「なんか頭が重い。
寒いし。」
夕食もあまり食べず、首筋を触ると熱い!
兄妹だし、仕方ないですよね。



で、翌日、高熱に不安を感じたおばあちゃんたちがりーちゃんを医者に連れて行って診察中とのメールが入りました。
診断はインフルエンザA型。
急いでメールに返信。
「抗ウィルス薬は処方されましたか?」
「タミフルはことわりました」
「タミフル以外は出ませんでしたか?」
「熱を下げ痛みを和らげるカロナールがでました」



カロナールはアセトアミノフェン系です。
ひとまずは安心ですが、私としては解熱剤は避けたいところ。
でもおばあちゃんは
「飲んだらちょっと下がったみたいやわ。
はよう楽にさせてやりたいわなあ。」



昼間世話をお願いしているし、あまり対立したくないんだけど…。
ほんとは「解熱」してもウィルスがいれば体は再び熱を上げようとします。
そのときは「解熱」していない場合よりも体に余計な負担がかかります。
だから、りーちゃんの体内にいるウィルスを早くやっつけるには、むしろ熱を下げない方がいいのです。



私も、おばあちゃんも、りーちゃんが早く治ってほしいと願う気持ちは一緒なんだけどなあ…。



4月8日 聖日礼拝

コリント人への手紙第一 15章1〜5,20〜22節
「キリストにあって生かされる」



1節に
「兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。」
と書かれています。
「福音」という言葉は私たちの教会の名前にも含まれていますが、「よい知らせ」という意味を持っています。
どんなよいニュースが語られているのでしょうか。



?キリストが私たちの罪のために死なれたこと
世界中の全ての人に共通することがひとつあります。
それは、「死」です。
だれでも死によって、全ての物を手放さなければならないのです。
この4月、古い、もう使わない教科書をたくさん捨てました。
3人の子ども達がそれぞれ進学して、もう不要になったからです。
私たちは日々多くの物を手に入れ、手放しながら生きています。
そして、「死」が訪れるとき、何も持っていくことはできないのです。(伝道者の書9章)



しかし、神は罪から来る死を解決するためにひとりごである御子を遣わされました。
罪…というと「悪い行い」だと考えがちですが、それだけではありません。
命の源である神から離れてしまったということが、「罪」であり、それゆえに人間は死すべき存在になってしまったのです。
キリストはその神との交わりを回復するために来られたのです。



?三日目によみがえられたこと
イースター、日本語では復活祭。
キリストはただ死なれただけではなくよみがえられたのです。
死を乗り越えた命がある…ここに希望があります。
たとえこの地上では別れても、悲しみだけで終わるのではありません。
また御国で再会する希望があるのです。



月謝袋

月謝袋
ピアノの月謝袋。
先生にいただいたのではつまらないので、ふーみんがオリジナル画を描きました。
オリジナルというか「のだめ」の模写ですね。
(^_^;)
裏はマングースです。



4月1日 聖日礼拝

テモテ第一の手紙 6章17〜19節
「良い基礎を築き上げるように」



?6章17節
「この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。」

「私は『富んでいる人たち』ではない」と思いますか?
今私たちは便利で豊かな時代に暮らしています。
エスカレーターやエレベーターに乗るだけで、高い場所まで楽に移動することができます。
自分で労苦せず、手を汚さず、楽してゆたかになろうとするのがすばらしいかのような錯覚をおこしています。
意識していないかも知れませんが、私たちは富んでいるのです。
汗を流すことを厭う態度は危機的なものです。
富に望みを置いてはいけません。
富は人生を支えるには頼りにならないからです。



神に望みを置く方が「頼り」になるのです。
全てのものを豊かに与えてくださるからです。
「神は奪う。神は人を苦難に遭わせる」と考える人がいます。
ここには「全てのものを豊かに与えてくださる」と書いてあります。
「どうせ明日も今日の続きだ」と考えていますか?
神様は私たちの予想を遙かに超えるすばらしいことをしてくださる方です。



?6章18節
「また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。」



「また」とは「すなわち」という意味もある言葉です。
「神に望みを置く」生き方は「分かち合う」生き方でもあるのです。
口を開けて待っているのではなく、良いものを囲い込むのではなく、分け合うようにと勧められています。
「互いに」そうするのです。
自分も含めてshareするということです。
仕事も信頼してゆだねて分かちあいましょう。



?6章19節
「また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。」



良い基礎とは何でしょうか。
「イエスによって受け入れられている。
神に愛され、御国に入れられている。」
という土台です。
この上に私たちの兄弟姉妹の交わりが築かれていくのです。



代の子どもへのまたフル投与を中止(BlogPet)

こないだ、ステファニーが
21日になってようやく厚生労働省は「10代の子どもへのまたフル投与を中止」と発表.
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Joy」が書きました。


また京都デス

また京都デス
醍醐寺に来ています。
みごとなしだれ桜。
花冷えか、かなり寒いです。



プロフィール

ステファニー

Author:ステファニー
プロテスタントのクリスチャンです。
佐藤たけるさんおたくです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
ユーザータグ

るろうに剣心 イベントレポ 天皇の料理番 バクマン。 セカネコ PFフライヤーズ 鶴瓶の家族に乾杯! 2010カレンダー 真田丸 何者 懸賞 あさが来た 知多 超ネプの法則 Q10 ピンポン 

月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
//折りたたみ